一章  変異

1-1 枯木碧

『能ある鷹は爪を隠さない! サム・ジョエルに学ぶ全力を出す事の大切さ!』

 机の上に、本が置いてあった。

 いわゆる自己啓発本と呼ばれる類のものだろう、いかにも成功者面をした金髪スーツ黒縁メガネの男がサムズアップをキメた表紙のそれは、どう考えても俺の私物ではない。

「おーい、誰か俺の机に本置きっぱなしにしてないか?」

 声を張り上げて問いかけるも、教室内に反応はなし。そもそも、今日になって初めて組分けされ顔を合わせたような連中が俺の机に本を置く理由もない。

「それはボクからキミへの贈り物だよ、能ある鷹」

 かと思いきや、返答は背後から囁かれた。背に触れるのは硬さと柔らかさ、首を回して確認すると銀髪の少女が俺にもたれ掛かるように背中合わせに立っていた。

「なんで、わざわざ後ろ向きで話しかけてくるんだ?」

 中性的で涼やかな整った容姿に、傾いた姿勢での腕組み。瞬間だけを切り取って見れば少女の姿は絵になるだろうが、日常生活の1ページとしては明らかにそぐわない。

「その本が全て真理を語っているとは言わない。しかし、他者の意見というものを取り入れてみるのもキミにとって何らかの意味があるかもしれないよ」

 俺の指摘をガン無視し、少女、枯木碧は背中合わせのまま早口にまくし立てる。

「ねぇ、そっちってたしか他に人いたよね? どうなの、そこの人? 目の前で自分の方向いて他の奴に話しかけてる女、どうなの?」

 公的な区分こそ学校機関ではないものの、このM.A.Rの内部構造は一般的な学校のそれとほとんど変わりない。机と椅子は縦横に均等に並び、俺の後ろにも当然他の予備生が腰掛ける席がある。

「よ、余計な事を気にするね、キミは。心配しなくてもそこは今、席を外しているよ」

「ああ、一応そういうとこは気にするのか、良かった」

「……そんな事より、その本だ。その本を見て何か思うところはないかい?」

「そんな事より、背中が重い」

「重くない!」

 抗議に反発しつつも、碧はようやく背中から離れて俺の横手に顔を見せた。正直、重さよりずっと背中合わせで話し続けるのは色々と辛かったので助かる。

「で、なんだっけ? 本の話? プレゼントはありがたいけど、あんまり俺ってこういう本好きじゃないんだよね。ああ、でも、別にあの時の借りとか気にしてないし、これがお返しのつもりならそれでチャラでもいいけど、ただできれば――」

「ペラペラとうるさいな、キミは!」

 一応自分なりに色々配慮して話したつもりだったが、理不尽に怒られてしまう。要らないものは要らないと伝えないと今後のためにならないし、そもそもやたら冗長な話し方をするのはむしろ碧の方だと思うのだが。

「……どうやら、はぐらかすつもりのようだから単刀直入に言おう」

「いや、そんなつもりはないんだけど」

 否定は完全に流され、碧は言葉を続ける。

「どうして、能力検査で手を抜いた?」

 俺への贈り物のはずの本を叩きつけ、碧は俺を睨む。

 そこに来てようやく、俺は碧が机に本を置いた理由に思い当たった。

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