M.A.R

白瀬曜

序章

序章

 自然と、身体が動いた。

 沈む視界の中、首を上に向けながら敵対者の状態を把握。四人共に装備は厚手のベスト、手前の二人は両手に二の腕ほどの長さの警棒を、後方の二人は片手に警棒、もう片方の手には大振りなナイフを握っている。

「ぁ、がっ……!?」

 視界に連動して肘が跳ね上がり、最も手前にいた男の睾丸を潰す。苦悶の声と共に零れ落ちた警棒を宙で拾い、即座に左の男の顔面へと投擲。男の腕が顔を庇う間に、もう一本の警棒を腹部、ベストの隙間に差し込む。

 そして、警棒の突起を押し込み、放電。予想通り、男達の装備していた警棒はスタンロッド、放電による肉体の無力化を狙うためのものだった。

 二人目の手から特殊警棒をもぎ取る寸前、飛んできたナイフへの回避に後方への跳躍を余儀なくされる。徒手の俺の目の前には、紫電を纏った特殊警棒。突進するように突き出されたそれは、身体を倒して避けるしかない。

 体勢の崩れた俺へと、降って来たのは踏みつけるような蹴り。流石に避けきれず、腕で受けて反動で転がり距離を取る――が、その先にはもう一人の侵入者が待ち構えていた。

 床を薙ぐような特殊警棒の一撃は、身体で受けるのは愚策、だが避けるのも困難だ。靴底で受けるくらいが精々だが、それでも電撃が貫通しない保証はない。

 もっとも、それは人間なら、の話だ。

「――あぁ」

 靴底を地面に打ちつける。それだけで、俺の身体は一気に起き上がり、それどころか目の前の男の頭上を越えるほど浮き上がった。男が警棒の一撃を中断し反転するも、向かいの壁を蹴って戻った俺の手刀が首の骨を砕く方が早い。

「ひっ――」

 もう一人が怯んだ瞬間に、勝負は決まっていた。悲鳴は首へ飛んだナイフに殺され、恐怖の貼り付いた顔が身体ごと床へと崩れ落ちる。

「よし、と」

 敵の増援はひとまずなし、状況は終了。この先また他の侵入者部隊に遭遇する可能性もあるが、ここで警棒とナイフを貰っておけば今より楽に対処できるだろう。

「じゃあ、行こうか」

 準備を整えながら、背後の少女に声をかける。

「……………………」

 銀色の髪をした少女は、上着のポケットに手を入れたままで硬直し、その涼やかな容姿も相まってまるで人形のように立ち尽くしていた。

 それも無理はないだろう、仮にも変異者とは言えまだ戦闘訓練も受けていない、むしろそれを受けるためにこの国際変異者養成機関『M.A.R』を訪れたばかりの少女だ。その矢先の突然の侵入者との遭遇、恐怖で動けなくても無理はない。

「いつ、さっきみたいな事になるかわからない。急いだ方がいい」

 もっとも、今は動いてもらわないと困る。余程の事でもない限り侵入者はいずれM.Aの実働部隊に排除されるだろうが、それまでこの場で待機するというのは愚策だ。先程よりも大人数、または練度の高い部隊と遭遇してしまう可能性もあり、そうなった場合に俺達、特に少女の身の安全は保証できない。一刻も早く指定の避難場所に逃げ込むべきだろう。

「腰でも抜かしたなら、担いで行こうか?」

「……いや、結構だ。自分で歩けるよ」

 痺れを切らして歩み寄ったその時、少女はようやく口を開く。

 気丈、というには外に向いた声の強さは、どこか棘を感じさせるものだった。

「余計な世話だったか?」

「そんな事はない。助かったよ、見事な手際だった」

 もっとも、少なくとも表面上は礼を言う程度には感謝を覚えてもいるようだが。

「こうして出会ったのも何かの運命だ、良ければ名前を教えてもらえないだろうか」

「名前? ああ、悠だ。雨宮悠(あまみやゆう)」

「そうか、覚えておくよ、悠」

 状況に見合わないやけに尊大な笑みを浮かべると、少女はふと俺の手の甲に口付けた。

「なっ……」

 柔らかな感触に戸惑う俺とは対照的に、少女の横顔はどこまでも涼しげで。

「ボクは碧、枯木碧(かれきあお)だ。キミが覚える価値がないと感じたなら、忘れてくれても構わない。ただ、どのような形であれ、この借りは必ず返す事を誓おう」

 そう気取った少女、碧の表情は、奇妙なほどに絵になって見えた。



「……碧って、いつもそんなキャラなの?」

「う、うるさいな。いいだろう、別に」

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