第167話 飛びました
色々といっぱいいっぱいらしい徹と征哉はまだ声もほとんど出さないが、律紀の母である沙耶は落ち着いたようだ。
それを見て、律紀は宗徳と寿子に提案する。コンテナの掃除もすると聞いていたので、そちらにも目を向ける。
「ねえ。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、他にやる事もあるでしょう? 私達、廉くんや鷹くんに案内してもらってもいい?」
「そうだなあ……レン、タカいいか?」
これに、廉哉と美希鷹は頷く。
「僕は良いですよ? 果樹園とか案内しましょうか」
「俺もまだ隅々まで見てるわけじゃないし、一緒に探検しようぜ」
律紀は嬉しそうに賛同した。
「うんうんっ。探検! 広そうだもんねっ」
「あちらも、どこまであるのか分かりませんものねえ」
花畑の向こうに四角く整えられた木が壁のように並んでいるのを見て、治季がおっとりと口にする。
「あの辺は、アレだよ。木の迷路。入るなら、俺らか神達の誰か連れて行かないとダメだからな。俺も迷って、途中で飛んで上から確認した」
「え〜、それ、ズルじゃん」
「いいですわねえ。わたくしも飛んでみたいですわ。廉様は入ってみました?」
治季には、廉哉は王子様らしい。廉様呼びが定着しつつあるようだ。何度が指摘して変えてもらっても戻るので、廉哉も諦めた。聞かなかったことにするらしい。
「僕は、その……マッピングが出来るので」
「まっぴんぐ……はっ、勇者の必須スキルですわねっ」
「う〜ん……」
廉哉はゲームや小説などの予備知識のない幼い頃に召喚されたのだ。『勇者といえば』というのがよく分かっていない。これは、宗徳と同じだ。
よって、これには美希鷹が答える。
「そうかもな。廉は、屋敷内も、もうほとんど迷わないだろ?」
「うん。それは大丈夫。迷っても、転移で戻れるから覚えやすかった」
「ノリさんも出来るんだよな〜。俺も頑張ろ」
そんな美希鷹の答えに、宗徳が笑った。
「タカは、キュリアートに頼ってるとこがあるからな」
「だってさあ、上から見た方が分かりやすいじゃん。地図だって俯瞰図だろ? あ、キュアの場合は鳥瞰図か」
「そうだな。ってか、そのキュアはどうしたんだ?」
宗徳は美希鷹の頭を覗き込む。キュリアートは、普段は一般の人に見えないようにしているが、宗徳が見えなかったことはなかった。それでも今、そこに居るようには見えなかった。
「一人で探検中。ここなら、飛び回っても問題ないじゃん? そんで、ダイエット中」
「ダイエット?」
「うん。ちょっと重くなったって言ったら気にしたみたい」
「おいおい。言葉には気をつけんと……」
「いや。その内、頭に乗らなくなったら嫌だし」
「……まあ、それは……そうだな……」
小鳥サイズだから頭に乗せているのだ。鶏の親サイズになったら困るだろう。
「だからダイエットは、キュアの気の済むまではやる」
「あんま無理させんようにな」
「うん」
さて、そろそろ徹たちも落ち着いてきたようだ。というか、子ども達が声をかけていた。
「ねえねえっ。おじちゃん、おとうさんの子どもなの? わたしたちといっしょ?」
「お兄ちゃん、ここにシワよせるのよくないんだよ? くっきーたべて? なおるよ」
頷きながらも、視線はどうしても耳や尻尾に向かう。だが、不用意に触ろうとはしないようだ。
これは宗徳にはわからない事だが、ファンタジーものでの定番のお約束。許可なく触るのはタブーというのが彼らの頭にあったからだ。
徹の息子である征哉もきちんとそれを知っていた。というか、とても好きらしい。
困惑しているように見えて、目は今までになく輝いていたのだ。
「あらあら。ふふふ。さあ、私達はコンテナのお掃除しましょうか」
「そうだな。レン、タカ、そっちは頼むぞ」
「「は〜い」」
宗徳と寿子は、様子を見ながらも、コンテナに向かった。残された子ども達は話を続ける。まだ律紀も治季もお茶を楽しむようだ。
「それで? 廉は全部見たのか?」
「大体は? 徨流に乗せてもらって、移動したりとか。結構広いし」
「確かに上から見ても広かったもんな……」
美希鷹は、ここでは自由に翼で飛べる。キュリアートも人目を気にせず飛べるし、喋ることができることを楽しんでいる。
「飛んで移動……は、無理そうだよね?」
「だよなあ。けど、かなり歩くことになるぜ?」
「うん。端から端まで、屋敷の中も含めて対角線上に歩いてみたけど、三十分かかった」
「はあ!? マジか……広すぎじゃね? けど、それやると疲れるよな……」
ぐるっと回って見て回るのに一時間以上歩くことになりそうだ。案内の域を越えるだろう。
「なら、屋敷を経由して転移も使えばいいかな?」
「あ、なるほど。屋敷内だけでもショートカットするか」
「うん。今回は大まかで。また来る時にゆっくり、一つずつ見ていけば良いし」
「そうだな」
屋敷でさえ、一日で回れるか怪しい。宗徳達も、最近、ようやく全貌を把握したという具合だ。
「屋敷自体も広いから、きちんと場所を把握して動かないと混乱するけどね」
屋敷の部屋から部屋に転移する機能を上手く利用すれば、かなり距離が稼げる。
「あ〜……確かに。あの転移機能、有り難いけど慣れないと混乱するよな……あと、行動範囲が限定されそう」
「うん。自分の部屋と食堂だけとかね」
間をすっ飛ばせるのだ。自分が必要とする部屋にだけ行ければ問題ないため、廊下を歩くというのも最低限になる。
「薔薇様やイズ様もそうじゃね?」
「そうだね。ほぼ三階の自室と食堂だけかも」
二階建てで一部三階建のこの屋敷で、薔薇様は三階を使っているのだが、階段を使っていない。屋敷内の転移のお陰で、その二箇所と庭でしか薔薇様を見なかった。廊下ですれ違うこともない。
だが、魔女には良かったようだ。
「魔女は、出無精が多いから、食堂に出てくるだけマシだよ。ほら、うちの魔女達は、自分の好きな研究をして篭ってるか、飛んでるかだから」
「……魔女様って、それが一般的なの?」
そう言って、廉哉がコンテナの掃除を始めた寿子を見る。
「ああ、ヒサちゃんか。成り立てだし、大丈夫だろ。けど……」
そこで、寿子が箒を出現させると、コンテナの屋根の上まで飛んだ。
「イズ様から聞いたら、ヒサちゃん、めっちゃスピード狂らしいじゃん。そこは注意しとくべきだと思うぜ」
「うん。気を付ける……あっ」
「ん? あ……」
寿子が何も気にせず飛んだのだ。驚くだろう。
「……お義母さんが……」
「……箒で飛んだ……母さんが……」
「……ばあちゃん……?」
まだまだ驚き足りないようだ。
「次は俺が飛ぶの見せるか?」
「「もう少し待ってあげて!」」
この状況を楽しんでいる美希鷹へ、廉哉と律紀は慌てて注意していた。
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