第166話 手作りです

落ち着かない様子だった息子夫妻と孫の沙耶さやとおる征哉せいやも、勧められた席に着いて、目の前に出されたお茶の香しい匂いを嗅げば、少し肩の力が抜けていた。


律紀や治季は可愛らしい花柄のティーカップを手にし、目を蕩けさせている。


「すごい可愛いカップ……っ」

「香りも素敵……フルーツ系の紅茶ですの? どこかで嗅いだことのあるものですけど……何だったかしら?」

「そうだね。私も知ってるかも……飲みやすいっ」


一口飲んでほっと息をする。温かさも丁度良く、香りを目一杯吸い込んで愉しむ。


それは、沙耶達も同じだった。


「っ……美味しい……」

「「っ……」」


寿子は気に入ってもらえたようだと安心しながら、目尻を下げて答える。


「アプリコットティーよ。ここのは、薔薇の……ローズヒップが入っているの。素敵でしょう?」

「「薔薇っ! ステキ!」」


女の子には素敵ワードとして受け入れられたようだ。飲みながらも目をキラキラさせている。


テーブルに片肘を付き、横を向いた宗徳は、組んでいた足の上に乗って来た琥翔ことを撫でながら、庭に目を向けて説明する。


「ここは、季節関係なく色んな花が咲いていてな。温室を挟んでこことは反対側が薔薇園なんだが、色んな品種がある。ローズヒップも、本来なら秋の短い間に取れるんだが、それも関係なくてな」

「「……」」

《みゅ〜ぅ》


そうして、膝の上で丸くなった琥翔を撫でながら、落ち着いた仕草で紅茶に口をつける宗徳の様子を見ていた一同が、思わず見惚れていた。


その視線に気付き、宗徳がカップをテーブルに置いて目を向ける。


「ん? どうした?」

「っ、お祖父ちゃん……前の喫茶店で思ったけど、そういうの飲む時とかカッコいいね」

「ん? よお分からんが、ありがとな。そういや、タカはどうしたんだ?」


この場に、美希鷹が居ないことに気付く。てっきり、子ども達と一緒に来て居るものだとばかり思っていたのだが、どうしたのかとバトラーである桂樢けいとへ確認するように目を向けた。


「美希鷹様でしたら、薔薇そうび様へ差し入れに行っておいでです。今朝早くに、イザリ様もおいでになりまして、ご一緒されていますので、もうじきに来られるかと」

「ああ、そうか。イズ様も来てんだな。ゆっくりしてもらってくれ」

「承知しました」


イザリからは、今朝行くというメールはもらっていた。好きに行き来してくれと言っても、毎回きちんと連絡をくれるのだ。何より、イザリにはそうして連絡を取り合う相手というのが今まで居なかったため、嬉しいらしいというのを、魔女の一人に聞いている。


そこで、一番下の久遠くおんがクッキーを指差す。


「ねえ、おとうさんっ。くおんたちがちゅくった、くっちーたべて!」


久遠はこの頃良く喋るが、興奮気味になると舌足らずな言葉が可愛らしい。


子ども達は、もう違和感なく宗徳を『お父さん』と呼ぶ。


因みに『ひさちゃん』だった寿子は『ひさこママ』と呼ばれている。


「クッキーか。上手に焼けたみたいだな」

「うんっ。れいちゃんがおちえてくりぇたっ」

「ほお。蔾蘭れいか、ありがとな」


これを受けて、メイドの蔾蘭れいかが小さく頭を下げる。


「とんでもございません。久遠様をはじめ、皆様とても飲み込みが早く、きちんと注意したことも理解していただけますので、教えていてとても楽しゅうございます」

「そうなのか。えらいなお前達。さすがは俺らの子だ」


久遠の頭を撫でて一人ずつ嬉しそうにする顔を見て褒めておく。


「えへへ。こんどはねえ、まどれぬ? けーちをちゅくりゅの!」

「マドレーヌだな。よく話は聞くんだぞ」

「あ〜いっ」


そうしている所に、美希鷹がやって来た。


「あっ、律紀に治季、久し振り」

「鷹君っ。うん、久しぶりっ」

「お久しぶりですわっ」


キラキラでふわふわとした天使のような見た目の美希鷹。これに、徹と征哉が茫然とする。子ども達の時とそう変わらない。


そんな美希鷹は、律紀の母である沙耶とはきちんと顔合わせしていた。


「おばさんもこんにちは」

「こんにちは。相変わらず、キラキラねえ」

「えっ、自分ではよく分かんないんですけど……」

「ふふふっ。そうかもしれないわねえ」


美希鷹は苦笑しながらも席に着いた。律紀と廉哉の間の席だ。大抵、その席順になる。


席に着いたタイミングで、廉哉が少し不安そうに問いかけた。


「鷹君ありがと。薔薇様とイザリ様、この新しい紅茶、気に入ってくれたかな」

「喜んでた。多分、あの感じだと、しばらくこの紅茶ばっか飲むようになるな。魔女って、偏食なとこあるから」


美希鷹は、新たに淹れられた紅茶を蔾蘭から受け取り、一口飲む。長いまつ毛が瞳に影を落とす様子は、思わず見慣れた律紀達でも見惚れるものだ。


「そうなんだ……今度はベリー系のと合わせてみようと思うんだけどな……」


廉哉が紅茶を見つめながら残念そうにする。だが、美希鷹は半分ほど紅茶を飲んで、カップをテーブルに戻し、提案する。


「ちょい時間かけて研究してもいいんじゃね? どうせ、しばらくは違うのは飲まないんだし」

「そっか……そうだねっ」


この会話で分かるだろう。


律紀が廉哉へ確認した。


「ねえ。廉君がこの紅茶……作ったの?」

「え? うん。向こうの世界に居た時からの趣味みたいなものかな。お茶なんてほとんど飲めなかったから……茶葉自体が少なくてね。それっぽいのを探す所からで大変だったよ。だから、ここの庭でローズヒップとか、果樹園にあるアプリコットを見つけた時に、どうしても作りたくなってっ」

「果樹園もあるの……? って言うか、そっか……あの世界じゃ、お茶とか……確かに難しいかも……」


世界観というか、肌で感じるた様子から、手軽にお茶を淹れるということは出来なさそうだったと、律紀は思い出す。


「うん……飲み物っていえば、水くらいで……フルーツとかもあの大陸は特になかったから」

「きっと、食とか苦労したよね……」

「栄養面がね……ちょっと気にはしてたかな。野菜が少なくて」


これに、宗徳が口を挟む。


「食えそうな魔獣は居ても、あの土地じゃなあ」


そこで、テーブルの上で少し落ち込んだ様子を見せる白欐と黒欐が目に入る。


「ああ、白欐、黒欐責めてねえから。あの土地の奴らは自業自得だ。なんとか生きられるだけのもんはあるんだ。十分だって。まあ、呼ばれたレンは大変だったってだけだな」

「それはまあ、仕方ないです。白欐、黒欐、怒ってませんから。ほら、クッキーどうですか?」

《くるる》

《ぐる》


白欐と黒欐に、誤解しないでと廉哉は笑ってクッキーを勧めた。


「また、果物取るの手伝ってくださいね」

《くるるっ》

《ぐるっ》


アプリコットやローズヒップも、白欐と黒欐が取るのを手伝ってくれていたのだ。高い場所にある果物を取るのにも手を貸してくれる。


そして、ここでようやく美希鷹が一言も喋らず小さくなっている徹と征哉に気付いた。


「で? そっちがノリさんとヒサちゃんの息子と律紀のお兄さん?」

「「ノリさん……ヒサちゃん……」」


これくらいが、二人が受け止め切れるギリギリの衝撃のようだった。









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