第161話 人と会わない暮らし

宗徳と寿子は、唐突にその時の事を思い出したことに戸惑った。別に悪い記憶ではない。ただ、あまりにも鮮やかに蘇ったことに動揺したのだ。


そして、二人は顔を見合わせて笑った後、改めて目の前に居る美しい人に頭を下げる。


「あの時はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「……」


これに、薔薇そうびの方が戸惑ったようだ。


「……恨まれると思ったが……」

「え? なぜです?」


二人揃って不思議そうな顔をすれば、薔薇は、戸惑いの表情を共に来たイザリへと向ける。逆になぜ恨まないのか分からないといった様子だ。


イザリがそれを受けて少し考えるように目を泳がせると、こちらも訳が分からないと首を傾げている宗徳と寿子に伝える。


「普通は、一部であっても、記憶を勝手に消されたということに嫌悪するものなのだが……」


記憶とは、本来他人が消せるものではない。忘れるのも、忘れないようにするのも、本人がやるべきことで、本人にしかできないことだ。


それを、許可もなく勝手に。知らない内にやられていたというのは、普通は気分の良いものではない。消したい記憶も消せないのが普通なのだから。


だが、宗徳と寿子はそういうものなのかと納得しながらも顔を見合わせ、ふっと笑った。


「この年になると、子どもの頃のことなんて忘れちまうんで、思い出せたことの方が嬉しいですわ」


宗徳の言葉に、その通りだと寿子は頷く。


「そうですね。どんなに大事な思い出でも、色褪いろあせますもの……それが、昨日の事のように思い出せたんです。感謝こそすれ、恨むなんてことはありません」

「……感謝……」


薔薇は唖然とした。聞いた言葉を頭で必死に理解しようとする。だが、上手いこと入ってこない。そんな様子だった。


処理するのに時間がかかっているようで、宗徳と寿子は微笑みながら待つ。


子ども達は、徨流と白欐、黒欐と共にメイドとバトラーに案内され、庭へ向かったようだ。窓からチラリと、楽しそうに笑いながら走っていく姿が確認できた。


しばらくして、薔薇が大きく息を吐いた。


「っ……感謝されるのは……久しぶりだ……」

「ん? アレですか? 人と会わない所に居られたとか」

「ああ……こうして、話しをするのも久し振りだ。言葉がすぐに認識できないほど……誰とも会わないこともある……」

「まあっ、そんなことが……」


寿子や宗徳には考えられないことだ。


「因みに、最長でどれくらい人と会わないんです?」


宗徳の質問に、薔薇はしばらく考えて答えた。


「……三百年ほどか……?」


これに、イザリが首を横に振った。


「いえ、五百年です。それから、私が百年毎には探してお会いするようにしていました……お会いできずに三百年ほど経つ場合もありますが……あの時は、私も知らない言葉を話しておられました」

「……そうだったか? そうか……そうだな。言葉を思い出すのに苦労した記憶がある。気を付けよう」

「お願いします」

「「……」」


何百年と喋らなければ、言葉を忘れるものなのかと、宗徳と寿子は想像してみる。


「独り……か……」

「自分の中では独り言を言いそうですけど……」


人の独りとは違うのかもしれない。だが、誰とも話さない生活というものが想像できなかった。


「魔女様達は、他の世界とかにも行くから、言葉もそれだけ色々と知るんだろう。そのせいか……」

「混乱はするかもしれませんわね。一番話しやすい言葉を使いそうですし。そうなると……咄嗟にわからないかもしれません……」

「大変だな……」

「大変ですね……」


二人は、長く生きる魔女を少し気の毒に思った。


「ああ……だから、ライトクエストみたいな場所が必要なのか」


この宗徳の思い付きに、イザリが目を丸くした。


「……なるほど……確かに、あそこは、私たちにとっても必要な場所なのかもしれん……」

「……そうかもしれない……そうか……そうかもな……」


二人の魔女は、たどり着いた答えに、しきりに頷いていた。







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