第160話 子どもの頃の出会い

それは、宗徳と寿子がまだ善治の道場に通い出す前だっただろう。


今とは違い、近所には子どもが多く、学校から帰った後にあっちこっちにと習い事もない時代。


習い事に行ったとしても、同じそろばん教室か習字教室に行くくらい。電話で友達に連絡なんてしなくても、家に行って遊ぼうと言えば、親や祖父母達も笑顔で送り出してくれたものだ。


暗くなる前に帰っておいでという言葉だけで、大人がついて行くことはなかった。


そんな時代だから、子ども達だけで無茶をしたり、遅くまで駆け回ったものだ。


近くには山もあり、そこは子ども達の格好の遊び場でもあった。今とは違い、子どもだけで入ってもそうそう怒られることもなく、精々が気を付けてと言われるだけ。


その日、夕日の色が見えはじめた頃。そろそろ帰ろうと、年長の者が大きな声を張り上げても、戻って来ない者達がいた。


姿が見えなくなる直前まで一緒に居た者達も、知らないと言う。


年長の者達だけで少し探してくるからと言われ、集まった子ども達は、しばらく待つことにする。


そんな中、まだ幼かった宗徳と寿子は不意に何かに呼ばれたような気がして、同じ方を向いた。それにお互い気付き、頷き合う。


「ねえ、あっち? にいそうな気がしない?」


寿子が宗徳へ同意を求めた。


「っ……うん。あっちな気がする……」


この時の宗徳はあまり喋る方ではなく、逆に寿子は誰とでもよく喋る子だった。


因みに、宗徳も寿子も自覚はないが、この時の会話が二人で話した記念すべき初の会話だった。


寿子が何かに突き動かされるように、宗徳の手を引き、そちらに歩き出す。しかし、この二人の動きを、周りの残っていた数人の子ども達は感知していなかった。


それがそもそもおかしな状況だったのだが、二人は気付かず、感じるままに手を繋いで駆けた。


そこには、小さな祠があった。


「こんなのまえからあった?」

「……いや……はじめて見る……」


見ていたら、絶対に目につく鮮やかな赤い屋根の祠。それに、この場所は、よく遊び場にしていた辺りだ。


「あたらしいのかな?」

「……どうだろう……けど……きょうも見てない……」

「……見てないかも……」

「……」


二人して少し怖くなり、繋いでいる手にお互い力を込める。


その時、木の上の方からクスクスと笑う声が聞こえて、同時に顔を上げた。


「「っ……」」

「おや……私に気付くとは……これだから子どもは侮れないな……」

「「っ……」」


宗徳は、咄嗟に寿子を抱き寄せていた。目は真っ直ぐにその声の主に向けられている。


見たこともない程、美しい黒に近い濃い紫の着物。それに、赤と白の薔薇の花が描かれていた。


鮮やかな小さな唇が白い肌を際立たせる綺麗な女性。そんな着物姿の女性が、高い木の枝に腰掛けているのだ。それも、足は素足だった。


下を見ても、履いてきただろう草履は見当たらない。


宗徳も寿子も、その女性を見上げて身を小さく震わせていた。震えるほど美しい女性が、こんな所に居ること。それが奇妙で、怖かったのだ。


そんな宗徳と寿子をジッと見つめた女性は、下を指差した。


「お前たちを呼んだのは、そこの神だ」

「「……っ」」


祠が光っていた。視線が釘付けになる。それでも、構わず女性は説明してくれた。


「……誤って、近くに居た子どもを巻き込んでしまったらしい……連れ帰ってやれ」


その言葉が合図だったように、光がふわりと広がり、探していた子どもが祠の前に唐突に現れた。


「「あっ」」


二人の声で目覚めたように、呆っとしていた様子だった子ども達は、何事かと周りを見回し、目を何度か瞬いて首を傾げる。


「あれ?」

「どうしたんだっけ? なんか足に引っかかって……」

「うわっ。もう、くらくなってきてる!」

「いそごう!」

「「……」」


そうして、子ども達は何となくいつも集合場所にしている場所に駆け出していく。


それを思わず見送り、宗徳と寿子は、女性のいた場所を振り返る。だが、そこにはもうその女性は居なかった。


「だれだったのかな……」

「……うん……」


疑問に思いながらも、二人はまた手を繋いだまま、自分達もと駆け出す。


その時にはもう、なぜかその女性のことも、祠の事も忘れていた。繋いでいた手も、いつの間にか離れている。


子ども達は、探しに行ったはずの年長の者達まで、何事もなかったかのように集まり、帰路に着いたのだ。


その時の記憶が、その女性を見た瞬間に、何十年という時を経て、唐突に宗徳と寿子の中に甦った。


「あの時は、子どもだからとあまり気にしなかったが……そうか……お前たちだったか……」


そんな言葉と共に、薔薇は嬉しそうに微笑んでいた。その出会いを、再会を、喜んでいたのだ。




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