第157話 師匠

宗徳達と別れたイザリは一人、高高度の空を飛んでいた。


探しているのはイザリの師匠である『 薔薇そうび様 』と呼ばれる古い魔女だ。


彼女は馴れ合いを嫌う。だから、人前にはほとんど顔を見せない。見せたとしても、綺麗に他人に紛れて見つからない。


本来は華やかで目立つ人だが、その他の一人になる術も持った人だ。彼女が見つからないようにしようと思っていたら、まず見つからない。


しかし、不意に感じる寂しさもあるのだ。


長く生きていれば慣れると誰もが思っているが、感情を持ち、言葉を解する以上、無くならない想いなのだ。


上手く感情を誤魔化せる術は、長い時間で磨かれていくが、独りだからこそ、時には何も気にすることなくその感情を爆発させることができる。


そうしてバランスを取っていく生き物なのだ。


ふと太陽が陰った。雲の上を飛んでいるのだから、そんなことはないはず。


「っ、やはり居られたか……」


見上げた先。太陽の光を浴びるようにそこに陣取ったのは、横に伸びた大きなモコモコとした半透明の何か。


その上に、ビーチパラソルの大きさの紫の傘が刺さっており、その傘の影になった下に、風になびく黒い長い髪が見えた。


そこに向けて、イザリは更に高度を上げた。


足を下ろしたなら、そのまま通過して落ちてしまいそうに見える半透明のモコモコ。それに慎重に足を乗せた。


実際、このモコモコが許可しないと、乗ることが出来ないのだ。


「っ……」


分厚い絨毯のような感触を感じ、ゆっくりと息を吐いた。


そして、クッと顎を引いて緊張気味に声をかけた。


「お久しぶりです……師匠」

「……ん……」


真っ直ぐにようやくその人の姿をイザリは目に入れる。


好んで身に付ける紫と黒の色。その色の着物を着て、ゆったりと足を崩して座っている。いつこのモコモコの気分が変わり、落とされるかもしれないというのに、そんなことなどあり得ないという絶対の信頼を感じる。


素足の足の爪には、赤紫のマニュキュア。長い指の爪にもその色が入っている。


歩み寄ることもせず、その場所から改めて口を開く。


「師匠が見つけられた新たな魔女と魔導師に会いました。とても……とても素晴らしい才能を持っているようです」

「っ……」


珍しくはっきりと反応を示した。こんなにも太陽の近い場所に来ているというのに、赤くなるでもなく、寧ろ血の気の薄い真っ白に輝く美しい顔がイザリの方を向いた。


長いまつ毛が影を落とすその瞳は、赤紫色の瞳があった。人にはあり得ないほどの妖しさがある。


小さな紅い口が開かれる。


「……魔導師?」

「はい……夫婦で……」

「……?……魔女になれそうな子しか……知らない……」

「……」


宗徳のことは知らなかったようだ。


イザリとしては、宗徳の方が才能の塊だ。薔薇が知らなかったことに驚いた。


そこに、宗徳達に物件の場所に案内をした魔女達から次々に連絡がくる。


「っ……?」


連絡は一人で良いのに、全員が送って来たようだ。彼らはマメな方ではないので、逆に戸惑った。


そして、その内容を確認して目を丸くする。


「……『時の屋敷』が目覚めた……」

「っ……あの屋敷が……?」


薔薇にも聞こえたらしい。薔薇も驚いている。


それだけあり得ないことだったのだ。


何より、魔女達に案内させるように言った屋敷とは違う。恐らく、試しのつもりだったのだ。可能性がありそうな者を、一応は案内する場所となっていた。


あくまでも試し。魔女達には遊び半分。他の課の者たちも、冗談半分で見せる屋敷だ。


それが宗徳達を主と認めて目覚めた。


古くから知っている薔薇でさえも目を丸くするものだった。


薔薇はすくっと立ち上がる。


「っ、師匠?」


イザリでさえ、こんなにもキレのある薔薇の動きを見たのは初めてだった。


「見に行く」

「え……っ!!」


モコモコが動きだした。


突然のことに、イザリは膝を突いた。


そのまま時の屋敷へと向かった。


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