第100話 保護されましょう
宗徳はこの町を含む土地の領主の息子である少年を教会の中に放り込むと、少年の護衛二人を引き連れてすぐに出て行った。
少年は困惑するよりも前に、美しいステンドグラスのある教会内部に見惚れていた。
「キレイ……」
そんな教会の中には、多くの長椅子が左右に分かれて並んでいる。
その椅子には、一人ないし二人、三人の子ども達が眠っていたり、話をしたりしていた。
彼らの服は簡素なものではあるが、少年の知る孤児達の身なりよりも遥かに清潔に見える。子ども達も薄汚れていることもなく、まるで体を水で清めた時のように綺麗だ。
広い中央通路や祭壇近くにも転がったり、軽く駆け回っている子ども達がいる。そんな子ども達も同じ身なり、状態だ。
少年は不思議に思いながらもそのまま立派な祭壇の方へと歩いていく。そして、改めて正面にあるステンドグラスを見つめた。
そこには美しい女神の姿が描かれている。
こんなものは見たことがない。外から光が入る壁としか思えなかったのだ。
そこで不意に子ども達が動いた。
「あ~、待って待って。ご飯できるまで待ってね。あ、また水分摂るの忘れてるでしょう。あ、こらっ。パリパリになった唇の皮はめくっちゃダメだってばっ」
子ども達が嬉しそうにそんな声を響かせる少年の元へ駆け寄っていくのだ。
おそらく自分とそう変わらない年齢の少年。その少年を興味深く見つめていた。すると、不意にすぐ下から幼い声が聞こえて驚く。
「ねえ、おにいさん? おにいさんがお父さんがつれてきたキゾクさま?」
「っ、え!?」
下を向くと、五人の幼い子ども達が取り囲んでいた。
それもよく見るとその子ども達には、頭に獣の耳が付いていた。それがピクピクと時折動くので、飾りではない。
「じゅっ……獣人……?」
話には聞いたことがある。こことは違う大陸には、そういった種族があると。
そして、貴族の子息である少年は、この大陸にいた獣人達を排斥したという歴史も知っていた。
「ど、どうしてここにっ……」
大陸と交流が多少ある港町には時折見られると言われているが、獣人達はこんな内陸まで来ることはない。
自分たちと同族の者が排斥された歴史や雰囲気は感じ取りやすい。だから、ここまで来ないのだ。
「ぼくたちはムネノリお父さんの子どもです」
「えっと……でもあの人は人族では?」
「はい。ヨウシというらしいです。ぼくはジナンのユウエンです。ここのあんないをたのまれました」
「あ、はい……どうも、お、お願いします……」
とてもしっかりとした子どもだと感心する。
そこへ先ほど子ども達に囲まれていた少年が近付いてきた。
「こんにちは」
「は、はい。こんにちは。お邪魔しています……」
あまりにも綺麗で珍しい教会の内装に、他貴族の屋敷に来たような錯覚をしていた。
今少年が立っている場所は教会の中央。そこには分厚い赤みがかった絨毯が敷かれており、この上で気持ち良さそうに眠っている子どももいるほどだ。
椅子もよく見れば、ただの木材ではなく、光沢のある布が巻かれているようなのだ。勘違いしても仕方がない。
明らかに少年の知る教会ではないのだから。
「僕は廉哉です。この子達の兄になります」
「……では、先ほどの……ムネノリさんの?」
「養子になります」
「全員ですか」
「はい」
「……」
この世界ではあり得ないのだ。特にこの大陸では、口減らしをすることの方が当たり前。子どもを引き取る酔狂な者など存在しない。
その上、一人どころか六人だ。その大半が労働にもつけない幼い子ども。自滅する未来しか見えなかった。
「それで、その……ご子息様」
「あ、すみませんっ。アルマと申します。様も付ける必要はないので、アルマと呼んでください」
「では、僕もレンヤと呼んでください」
「はい。レンヤ。それで、その……この教会について教えてもらいたいのですが……」
明らかに広い。奥にも子ども達が走っていくし、どこからか持ってきた水の満たされたコップを、小さい子に持ってきていたりする。
水自体、この町では貴重だ。どこに何があるのか気になって仕方がなかった。
だが、水は貴重なのだ。それが溜めてある場所を他人に教えるだろうかと心配もしていた。
しかし、廉哉は不安そうなアルマをおかしそうに見て答える。
「構いませんよ。そのつもりです。アルマはこの町の領主の息子さんですからね。今後、ここを管理してもらわなくてはなりません。寧ろ、宗徳さんはあなたをここで保護したいんでしょうし」
「保護……ですか?」
「ええ。アルマはいくつですか?」
唐突な質問に目を瞬かせる。
「十五です」
「同じですね。でも、あちらの大陸の十五才男子の平均より、アルマの体は小さいです。見た目からすれば、十才……辛うじて十二才でしょうか」
「え……」
アルマは栄養が足りず、体の成長が遅れてしまっているのだ。
「ここの子ども達は皆がそうです。実年齢の平均よりも体が成長していない。そんな子ども達を宗徳さんや寿子さんが放っておくはずがないんです」
「……でも……そんな。こんな人数を養えるはずが……」
そう言いながらも期待してしまっていた。
今の生活が辛いと毎日感じるようになったのはいつからだろうか。
父や二人の兄達、義理の母に日々虐げられる自分。それが悔しくて、恥ずかしかった。使用人達は気にしてくれているが、擁護して主人に盾をつくようなことはできない。
だが今回、あの二人の護衛役がこうして屋敷から連れ出してくれた。
彼らは、アルマをこの機に逃がそうとしたのだ。この町を出て港町に行き、そこであちらの大陸の冒険者に世話を頼もうと決めていた。
その前に父に言われた通り、ここを見に来たのはほんの気まぐれだった。
彼らがちゃんとここにアルマを連れてきたという証明が成されればいい。アルマを賊に連れ去られたと理由を付けるにしても、ここへ来たという動きが伝わるように。
「大丈夫ですよ。ほら、少し座りましょう」
促され空いていた椅子に腰掛ける。暖かいようなとても気持ちのいい座り心地だった。
「っ……」
気が抜けたのだろう。アルマは溢れてくる涙を止めることができなかった。すると、隣に来た幼い黒い狼の耳を持った少女が小さな布を差し出してきた。
「はい。おにいちゃん。これでふいて」
「っ……え……あ、ありがとう……」
手触りの良い布で、目元を押さえる。幼い子どもの笑顔に肩の力が抜けるのを感じていた。
次に丸い小さな熊の耳を持つ少女が水を持ってきてくれた。
「のんで。ちょっとあまくておいしい」
「う、うん……ありがとう」
飲んでみるとほんのり甘さが口の中に広がっていった。その上、冷たすぎることもない。
「ここを案内する前に、先ず色々とアルマのことを教えてください。絶対に力になりますから」
「っ……はい……っ」
アルマはその時、廉哉の姿がとても眩しく見えた。そう、それはまるで昔憧れた勇者のようだと思ったのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
子どもが大人に振り回されるのはダメです。
次話どうぞ!
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