第076話 『取ってこい』がありました

廉哉はようやく肩の力が抜けたらしい。少年らしい好奇心を表し、瑠偉に質問していた。


「ルイさんはここでどんな仕事をしているんですか?」

「『収集課』勤務。四十階……通称『お使い係』……」

「おつ……お使いですか?」

「そう。お使い……」


思わぬ言葉に廉哉がきょとんとする。それは、何気なく聞いていた宗徳と寿子も同様だった。


「お使い? 買い物か?」

「お金は……ほとんど使わないけど……似たようなもの……魔女様とかに頼まれた物を……取ってくる」


『取ってくる』と聞いて、思わず頭の上で動いた耳に目が行ってしまった。それを察した瑠偉は頷く。


「『取って来い』って言われるし……間違ってない」

「え、マジで!?」

「依頼書類より先に……それ言いに来るのも少なくない……別に……嫌な気はしないから……気にしないで」

「お、おう……」


良いのだろうかと、想像してしまったとはいえ気まずく思う。


「その魔女様って、どんな依頼をしていくの?」


寿子が尋ねると、瑠偉は少しだけ顔をしかめたように見えた。聞いてはいけないことだったのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「魔物とか魔獣の素材……鉱石とか薬草も言われる……けど、そっちは良く分からないから……違う人がやる……」

「大変そうだわ……沢山食べるのも分かるわね」

「ん……でも、今回は……半分ヤケ食い……」

「なんでだ?」


先程顔をしかめたのは、そのヤケ食いの原因を思い出したからだと察する。


「……昨日は『炎龍の牙』だったん……だけど……本数足りないって……怒られた……依頼書、今朝受け取った……」

「あ~……」

「確認しなかった……の悪い……けど……」

「言っとけよって思うよな……」

「……思う……」


今回も唐突に顔を出して『取ってきて』だったのだろう。個数も相手が龍ということもあり、一体分と思い込んで完了手続きをした。


そうしたら、依頼数と違うと怒られたらしい。依頼書が届いたのはそれとほぼ同時。イラついても仕方がない。


「なら、またこれから行くの?」

「行く……午前中に一体倒した……あと二体……」

「そんなに龍っているのか?」

「増えすぎた世界……ある……それか、ダンジョンのある所……そこだと……ついでに他のも『取って』こられる……」

「……忙しい部署なんですね……」


廉哉がしみじみとそう言うのも同感だった。


「でも、それだと色んな世界に行くんですか?」

「興味……ある?」

「……少し」

「なら、今度……良かったら……体験……してみる? たまに、違う部署にも……応援……頼むから……」


『収集課』勤務の者達だけでは回らないらしい。そんな時は、例えば『回収課』なんかの人材が、見回りのついでに手伝うことも多いようだ。


「へぇ。そりゃぁ、面白そうだ」

「そうですねぇ。ルイ君も、せっかくこうして知り合ったんだもの。応援が必要な時は声かけてね」

「宗徳さん達と一緒なら……やってみたいです」


廉哉も、心細くはあっても興味はかなりあるようだ。


「うん……じゃぁ、今度連絡する……時間あったら……手伝って……」

「任せろ」

「任せて!」

「ぜひ!」


三人の快諾の声に、瑠偉は嬉しそうに破顔していた。


◆ ◆ ◆


食事を終え、瑠偉と別れると、一応廉哉に自宅を案内しようということになった。


「ビルだっ。あ、車、自転車……っ、電車だ! すごいっ、久し振りですっ」


雑踏の音も、アルファルトの道の感触も、空を飛ぶ飛行機も何もかもが廉哉には懐かしく思えてならないのだろう。


始終、嬉しそうに周りを見回している。


「ほら、レン君。危ないから」

「あっ、あれはっ、コっ、ううっ……っ」

「おいおい、今度は何見て……コンビニか……」


わからなくもないのだが、大げさに見えてしまう。五年ではあるが、殺伐としたいつも危険と隣り合わせの世界で気を張り詰めて生きて来たのだ。何よりも剣を持っていなくても良いという世界は廉哉にとって重要なのだろう。


ただ、情緒が不安定過ぎる。しばらくは一人で歩かせられないなと二人は確認しあった。


「あ、そういやぁ……」


廉哉を半ば引っ張りながら、電車に乗る。景色を見ながら、ようやく落ち着いてきたらしいその様子を見て、宗徳も余裕ができた。そこでこちらでやらないといけないことを思い出したのだ。


「どうしたんです?」


腕輪を使おうとして、外だしと冷静に考え、宗徳はケイタイ電話をポケットから取り出す。実は、ケイタイ電話と腕輪の連絡機能を同期させてあり、わざわざケイタイを使わなくても腕輪だけで事足りるようになっているのだ。


これのお陰で、異世界に行っていてもケイタイのメールの送受信ができる。大変に便利だ。便利過ぎてケイタイの存在を忘れてしまう。


充電がもう半分だなと思いながら、メールを確認した。因みにガラケーだ。


「俺も『取ってこい』って仕事あったの忘れてた」

「そんなものありました?」

「イズ様に頼まれてたやつだ。善じぃのとこの」

「ああ……玄孫さんに探してもらっていたやつですね」

「おう」


善治の玄孫に当たる治季はるき。彼女にかつて庭にあった湖から、盗まれようとしていた法具の欠片を探してもらっていたのだ。


法具とは、異世界を繋ぎ、かつて徨流がこちらとを行き来するための魔術を施された石のことだ。


「見つけたって、メール入ってたんだよ。丁度いいから、今日の夕方取りに行ってくる」

「一人で大丈夫ですか? 道場の場所、覚えてますか?」

「問題ねぇよ」


それほど今ある自宅から離れているわけでもない。場所的には電車で三駅くらいの所だ。景色はかなり変わっていたが、おそらく大丈夫だろうという不思議な確信がある。


「夕飯までには帰っから」

「わかりました。ただ……その子、律ちゃんと同じくらいなんですよね?」

「だな。一つくらい下かもしれんが」


一度だけ会った治季は、魔法だ魔法だと喜ぶ子どもらしい女の子だった。孫の律紀より下かと思ったのはそのせいだ。


「なら……不審者と間違われないように気を付けてくださいね」

「……一気に不安になったぞ……」


いくら昔は道場に通っていたといっても、いきなり自宅に、孫ほど離れた少女へと突然会いに行ったら怪しまれる。


それも、なぜ会いに来たのかとか、どこで会ったのかとか彼女の親なんかに聞かれたら、絶対に上手く誤魔化せない自信がある。


どうしようかとぐるぐる考えていれば、寿子もケイタイを取り出してメールを打つ。


「はぁ……そうですね……鷹君に一度予定を聞いてみます。一緒に行ってくれるように頼んでみましょう。同じような年頃の子ですし、あなたよりは上手く立ち回れるはずです」

「お、おう……」


事情を話しても問題ないし、適任だろう。


「確か、月曜日は部活もないから早く帰れると聞いています。時間的には、相手のお嬢さんも同じくらいになるでしょうし、丁度いいでしょう」

「なるほど……」

「あちらに怪しまれないためにも、ちゃんと鷹君に詳しい事情を説明してから行ってくださいね。まったく、相変わらずあなたは大雑把なんですから」

「……すまんです……」


これだから寿子には頭が上がらない。景色を楽しんでいた廉哉もいつの間にか話しを聞いていたらしく、なぜだか酷く嬉しそうにこちらを見ていた。


「仲良いですね」

「「それほどでもない……」」


揃ってしまった声に気付き、こういうのも久しぶりだなと、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。


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読んでくださりありがとうございます◎



息子もできて、安定の仲の良さです。

次話どうぞ!

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