第075話 欲張りでも大丈夫
宗徳と寿子は、廉哉と遅めの昼食を取ることにした。
「この最上階がメシ屋……フードコートになってる」
ライトクエストの最上階。
空間拡張も当然のようにされており、半分がフードコート。残り半分がホテルのような小部屋だ。
「さっき腕輪貰ったろ?」
「あ、はい」
廉哉は宗徳達の力になりたいと言った。どのみち彼を宗徳達は長男として向こうで育てている子ども達と同様に暮らすつもりだったのだ。それならばと同じ配属先に就く事に決まった。
本当はもっと良く考えてから、ライトクエストに所属するか、それとも全く関係なく庇護だけ受けて新たな人生を生きるかを決めてもらうはずだった。
けれど、普通の人とは成長速度が違ってしまうということもあり、ここから離れるのは勇気がいる事だろう。
色々考えた上で、今はこの生き方をと言って、ライトクエスト所属を決めてくれたのだ。
「それ着けてんなら、職員ってことでここでの食事は全部タダだ」
「え!? ぜ、全部?」
「おう。福利厚生の一つだな。ここで弁当作ってもらって向こうに持っていくのも良いらしい。まぁ、購入制限はあるがな」
広すぎて、一見しただけではどれだけの店が入っているか分からない。ただし、外で見られるようなチェーン店は少ない。当たり前だが、このライトクエストの特殊性を理解してもらえる者しか中に入れないのだから仕方がない。
とはいえ、それなりに大手は入っている。イン店舗になっているような店は、誰が作っても同じ味、見た目になるように考えられているのだから、店の契約さえできれば問題はない。店員は外で研修をしたライトクエストの元職員がやっている。
テナントの殆どの職員は現在もライトクエストの職員だが、出店の契約上、元と付く者達が働いていた。
「ジャンルによって店舗で分かれているだけの社員食堂なのよ。ただ、この方が分かりやすいでしょって事らしいわ」
寿子が驚きに目をみはる廉哉を可笑しそうに見ながら補足した。
「お、ルイがいる」
「本当ね。あらあら、凄い食べるのね」
二人が目を向けた先には、六人がけの大きなテーブルについて、実に半分以上の場所を食べ物で占拠させ、黙々と食事をする
「今日も耳、出しっ放しだな」
「ふふふ。どうしても忘れてしまうのねぇ」
瑠偉の頭には、フサフサとした灰色の狼の耳。しかし、顔の横にも人と同じ耳がある。幻覚だというそれを、いつも消すのを忘れてしまうらしい。
「なら、あの辺に座るか」
「ええ。ルイく~ん」
「あ、寿子……あいつは本当に子ども好きだな……」
苦笑しながらも自身も人のことはいえないけれどと内心こぼす。
「ほれ、行くぞ。何食べたいか考えろよ?」
「え、あ……ラーメン」
「おっ、即決かよ。確かにあっちにはラーメンねぇもんな。けど、城の食堂にはあったろ?」
宗徳達が作った竜守城の食堂のメニューには、抜かりなくラーメンがある。ただ、現状メニューに採用しているのは塩ラーメンだけだ。
「味噌ラーメンが食べたいです」
「ははっ。醤油じゃねぇの?」
「……と、とりあえず味噌……」
「めちゃくちゃ動揺してんじゃんか」
醤油も捨てがたい上に、某有名チェーン店の豚骨と海鮮ベースのラーメンも是非食べたい。ついでに言うならチャーハン、唐揚げ、餃子も欲しいと色々と目移りしているらしい。
そんな話をしている間に、瑠偉の元へたどり着いた。既に寿子が指摘したのか、耳は頭の上の本来の物だけになっている。
「久し振りだなルイ。この前はボールくれてサンキューな。子どもらがめちゃくちゃ喜んでた」
「ん……いい。座る?」
「いいのか? ってか、これ全部ルイの頼んだ分か?」
寿子は近くのウォーターサーバーで水をくんでいた。それを見て、廉哉がサポートに向かう。
「……あの子は?」
「廉哉だ。俺らが行ってる世界で勇者召喚されてたのを保護したんだ。俺らの息子にした」
「そう……うん……良かった……」
瑠偉は優しげに目を細めて、寿子からコップをもらって笑う廉哉を見る。それから宗徳を見上げて一つ頷くと微笑んだ。何やら納得してくれたらしい。
「彼……帰ってきたばっかり?」
「おう。そんでラーメンが食べたいんだと。あっちじゃ塩は何とかしたんだが、まだ味噌と醤油の増産まで手が回ってなくてな。ラーメンに回してねぇんだ」
出来なくはない。だが、他の食事に回す事を優先しているので、ラーメンには採用していないのだ。あれほど求めていたならば、作ってやれば良かったと少々後悔している。
「そっか……なら……あの店で『異世界帰還セット』って頼んで」
「ん? 『異世界帰還セット』?」
そんなのがあるのかと首を傾げる。
「ラーメンは向こうにほとんどないから……色々味は豊富だし……ちゃんと唐揚げとか……チャーハンとか……餃子も付く……杏仁豆腐も美味しい……おススメ」
「それって、もしかして、醤油ラーメンとか味噌ラーメンとか、他のも付くか?」
「うん……ちょっとずつだから……女の人でも食べられる……俺は足りないけど……どう?」
「すげぇじゃん! よしっ、レン!」
布巾と水を持って戻ってきた廉哉にこれを話すと、一も二もなく飛びついた。
出来上がった料理は、トレーいっぱいに並べられた小鉢がひしめき合っており、ボリューム満点のセットだった。因みにラーメンの味は、醤油、味噌、塩鶏ガラ、豚骨、キムチの五種類あった。
「ふふ。レンくん、泣きながら食べちゃダメよ。ほらハンカチ。それと、こっちのラーメンも一口どうぞ?」
「あ、ありがとうございます……うっ、美味しいっ……っ」
寿子と宗徳が頼んだのは、某チェーン店のラーメン。はっきり言って、どこでも食べられるが、まぁいいだろう。廉哉がこれまた泣きながら一口食べていた。
「これ、久しぶりだな」
「懐かしいですねぇ。若い頃に食べて以来ですよ。あんなにメニューがあるなんて驚きました」
「まだ田舎じゃなかったしなぁ。珍しがって遠出したもんだ。けど……ん、美味いな」
外食自体が数十年振りだ。二人で旅行に行った先で食べたのがそれくらいだろうか。せっかくのこの場所もあまり使用していない。
宗徳達くらいの年代になると、どうしても作って食べる事の方が当たり前になってしまう。だが、これからはこうしてここで食べるのもいいかもしれない。寿子の負担も減るだろう。何より、廉哉が嬉しそうだ。
「ルイさん、教えてくれてありがとうございます。すごく贅沢なセットです」
「ん……ゆっくり食べて……」
「はいっ」
あまり普段から表情が変わらないらしい瑠偉だが、優しげに細められる瞳や、さり気なく気遣う素ぶり。それらは年上のお兄さんという感じで、廉哉も嬉しそうに話しかけていた。
あちらでは獣人族も普通にいたからだろう。気負うこともなく慕っている様子に、宗徳と寿子は微笑ましくそれを見守るのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
久し振りのこちらでの食事、嬉しいでしょうね。
また明日です。
よろしくお願いします◎
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