第074話 晴れてウチの子です

廉哉は辛そうに顔を時折しかめながらも話を続けていた。


全て話終わると、今度はこちらでの廉哉の扱いや、亡くなった両親の話を蒼瑛そうえいが話し出す。


「善君から聞いていると思うけど、君はご両親と共に亡くなったことになっている」

「はい……」


両親が亡くなったということ。それはもう二度と会えないのだと向こうで戦いながら自身で整理を付けていたらしく、改めて聞かされても実感が湧かないようだ。


それよりも自分が死んだことになっているということの方が妙な感覚らしい。だがそれも先日、既に納得していた。


異世界という特殊な場所で、知らない人ばかりの中、必死で生きてきたために身に付けた自己防衛能力の一種。受け入れがたいことであっても受け入れなくてはならない環境にあったからこそ身についてしまったものだった。


しかし、ここで蒼瑛から思わぬ言葉が出た。


「君が事故にあったのは、こちらの時間で十五年前だ」

「……え? 五年前じゃ……」


廉哉は不安そうに目を瞬いた。


言葉を失ってしまった彼に代わり、寿子が尋ねる。


「稀に時間の流れが違う世界があるとは聞きましたが、あちらでの時間の流れはこちらと変わりなかったと思いますよ?」


繋がっている次元によっては、扉をくぐる時に感覚的には一瞬であっても、実際は時間がかかっているという場所や、一日の時間が長かったり短かったりして日にちに差異が生じることはあると聞いている。


しかし、宗徳達が行っている世界はそれがなかったはずなのだ。それは、これまで行き来をする中でも証明されている。


「召喚術とか、人によっては時間に差異が生じる場合があるんだ。こちらから消えたのは十五年前。だけど、あちら側では五年前。空間、次元を越えるっていうのは本来あり得てはいけないことだからね」


他次元から人を一人引っ張ってくるというのは、それだけ凄いことなのだ。


「稀にいる召喚適性がある人は、どんな召喚術であっても肉体ごとそのまま転移してしまえるんだけど、普通は次元を越えるなんて無理なんだ。こちらの肉体を向こう側で再構築するって言ったら良いかな。だから、適応するために力も付くし、見た目が変わったりする」

「あ……だから僕は髪とか色が……」

「そう。君も本当は純日本人らしい黒髪黒目だっただろう?」

「はい……」


現在の廉哉は金髪で緑の瞳。見た目十五、六の美少年になっている。


「そういうことだよ。再構築するのにはそれなりの時間がかかる。あちらでは喚んですぐ現れたように感じるだろうけどね。一から肉体を構築するんだから、時間がかかってもおかしくないだろう?」


引っ張られて、でも身一つで何の力もない人が次元を越えるにはリスクがある。そこで次元を越えるため、それに適応するために肉体は分解され、次元を越えて再構築される。その間、時間もかかるというものだ。


宗徳達が若返るのも次元を越えるという影響が作用していたりする。


「検査をしてみないと分からないけど、人によっては肉体の老化が止まったり、酷く遅くなったりするんだよ」

「肉体がこの次元のものではないからですね」


廉哉は呆然としながらもそれを受け入れようとしているらしい。それが酷く痛々しく思えた。だから少し慌てたように宗徳は尋ねた。


「検査はすぐできるんですか」

「この後すぐにでも。大丈夫です。いきなり消えたりとかはしません。門をくぐった時点でこちらでの存在の固定化も済んでいますから、寿命が縮まることだけはありませんよ」

「そうですか」


何を心配しているのか蒼瑛には正確に分かっていた。宗徳と寿子は知らず力の入っていた肩の力を抜く。廉哉の手を握っていた掌が汗ばんでいることに気付いた。それに苦笑し、二人は本音を口にする。


「ちょっとびびった」

「ええ……よかったわ」

「……」


すると、握っていた手を廉哉がしっかりと握り返す。思わず二人して廉哉へ目を向けると、彼は泣きそうな顔をしていた。


「れ、レン。大丈夫か?」

「レン君。ごめんなさいね。怖がらせちゃったわよね?」


そう様子を窺うと、ふるふると頭を振った。


「いいえ……し、心配……っ、してくれて、ありがとうございます……っ」


肩をすくめて俯き加減で小さく口にしたその言葉を聞いて、宗徳と寿子は思わず両側から廉哉を抱きしめた。


「礼なんているかっ。お前はもう俺らの子どもだからなっ。息子を心配すんのは当たり前だろっ」

「レン君のために長生きするわっ。もう一人になんかしないからねっ」

「っ……はい……っ」


二人の心情を表すなら『なんだコイツ、可愛いな!』だろう。


そんな様子を見ていたクーヴェラルと蒼瑛は目を見開いた後、しきりに頷いていた。


「二人に任せれば問題なさそうね」

「なんというか、かなり羨ましいよ」


それから数々の手続きをし、検査も全て終えると、廉哉のこちらでの立場を説明される。


「名前は『廉哉』のままにしておいた。ただ名字は『火澄』を使ってもらう。これは君のように異世界に召喚され、一度戸籍が無くなってしまった者達が使うものの一つだ」


今後は火澄廉哉と名乗り、宗徳と寿子の遠縁の親戚から預かった子どもとして一緒に暮らすことになる。


「因みに私と同じだよ」


苦笑気味に告げられたその言葉を受けて、宗徳は首を傾げた。


「へぇ……ん? ってことは?」

「ああ。私もかつては勇者召喚された者の一人だ」

「え!?」


廉哉もこれには驚いたらしい。同じ運命を辿った人物とは思わなかった。


「ふふ。この子も黒髪に黒い瞳の美少年だったのよ? 色々ありすぎてその黒がお腹に行っちゃったみたいだけど」

「クー様。そろそろ子ども扱いはやめてください。それと、お腹は綺麗ですよ?」


そう言った笑顔は黒かった。


「ほらぁ、黒いじゃない。美中年になるまで抑えなさいよ」

「年齢的にはとうに中年越えしているのですが? それと、ちょいちょい趣味を入れるのやめてください」


実年齢は軽く二百年を越えているらしいので、確かに世間一般の中年は越えているかもしれない。しかし、ここは人外魔境のライトクエストだ。


「ここでは見た目重視よ。そうだわ。これ覚えておいて。ウチは『見た目重視!』永遠の少年は大歓迎よ!」

「え、永遠の少年……」

「れ、レン……若い時間は多い方が良いって」

「そうよ。色々特だわ」


検査の結果、あと数十年は少年の姿のまま老いることはないと聞かされていた廉哉は地味に落ち込んでいた。


こうして、廉哉は改めてこの世界での居場所を手に入れたのだ。


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読んでくださりありがとうございます◎



これでようやく少しは落ち着きましたね。

次話どうぞ!

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