第039話 この場の秘密
魔女イザリ。
おおよそ出来ない事はないと思えるほど有能で、力ある魔女だ。ただ、普段の見た目は十歳にも満たない幼い女児の姿をしている。それなのに、言葉に子ども特有の無邪気さはないので、初めは違和感を覚える。
今宗徳の目に映っているイザリは、いつもと変わらない幼な子の姿に、これまたいつもと変わらない無表情のまま、灰色の柄の箒に腰かけた状態だった。
トレードマークのストールが見当たらないので、箒は間違いなくそれが変化したものだろう。魔女達はそうして、自身の杖や道具を普段の何気ない物にして身につけているらしい。
驚きに目を見張りながらイザリを見上げる宗徳。地上からおよそ七、八メートル上空にイザリは浮いている。
「よく見えたな。なるほど。うむ、その状態なら頷けるか」
「あ……」
そこで宗徳の方も気づく。宗徳は今、二十代の若かりし頃の姿になっているのだ。寧ろ、イザリの方が良く気付いたと感心する。
一方、イザリが感心していた理由はこれだ。
「あの……何か見えるんですか? はっ、やっぱり魔女っ子スキルがないとダメなんですねっ!?」
「はぁ? いや、もしかして……見えてねぇ?」
治季にはイザリの姿が見えていなかったのだ。
「一般人には見えぬよ。仕方ない……」
そう言って、イザリは下手をすれば自分よりも背の高い草の中に降りようとする。その際、草に埋もれてしまわないように風の膜を張ったようだ。
「え? あれ!? 草が……はっ、これはミステリーサークルっ!」
「……いや、違げぇから……」
かなり興奮気味の治季に引いてしまうのは仕方がない事だと思う。
このままテンションを上げるのは危険と見たのか、イザリの気配が変わった。どうやら、治季にも見えるようにしたらしい。箒は杖に姿を変えて握られていた。
「ええぇっっ。う、宇宙人……じゃなくて……女の子?」
突然の出現に驚く治季。だが、さすがというか、身を引くどころか身を乗り出していこうとするので、宗徳は思わずその肩に手をやり押し留めた。
「面白い童だ」
「童って……そんな幼くないと思うのですが……」
「我からすれば童だ。真っ白な心根が未だ大半を残しておるわ」
「……そうですか……」
イザリは相変わらずの無表情。治季が純粋な子だということが言いたいのは分かった。
イザリは宗徳の何十倍も生きているからか、たまに言っている事が分からなかったりするのだが、最近は慣れてきた。
それでも、思わず言葉遣いは変わってしまう。
「ところで、イズ様。ここに何をしにいらしたので?」
「我が追っている者が、ここへ来た痕跡を見つけたのだ」
イザリは辺りを見回し、池の方へ目を向けながら言う。イザリはここで何を感じているのだろうかと考えていれば、不意に思い出したように宗徳の方を向いて尋ねてきた。
「お主は何をしておるのだ? その姿……扉をくぐって戻って来たのではないな」
「あ、え~っと……俺もよく分からないんですが、向こうでリヴァイアサンという魔獣の住処らしい所にいたのです。その湖の底に鳥居があって、そこをくぐったら、そこの池の底に出たという事でして……」
「ほぉ……」
イザリは目を細め、興味深そうに再び池の方へ目を向けると、ゆったりとした足取りで歩き出す。
宗徳が展開している風の膜と同様のものでイザリも周りを覆っているので、草が避けていくように見えた。
「スゴイ! スゴイ!」
後ろでは興奮しっぱなしの治季が体を揺らしながらイザリに熱い視線を注いでいた。
「……」
この状況をどうすればいいのかと困惑する宗徳だが、イザリならばここから持ち出されたという水晶の事も分かるかもしれないと、淡い期待を抱きながらその後を追った。
「ないな……」
「何がです?」
池を覗き込んで呟かれた言葉に、首をかしげる。すると、続きを教えてくれた。
「記録によれば、ここにはホウグがあったはずだ」
「宝具……宝石ですか? 水晶らしきものが誰かによってここから持ち出されたのは知られているようですが?」
「それだろうな。ただし、宝の宝具ではなく、魔法の法具だ」
持ち出された水晶がそれだったのだろう。
「法具というと……そういう力が?」
「そうだ。ここのは、ノリの話からしても、おそらく次元を越える門の役目をしていたのだろうな。未だ力は残っておる」
「もしかして……龍神ってぇのは……」
ここがどういう場所だったのかを思い出した。
「イズ様。ここには、龍神が棲んでいたと善じぃが言っていました。もしかして……」
「うむ。繋がっていたあちら側のものがやって来ていたのだろう」
あちらのリヴァイアサンが、法具の力によってこちらにやって来ていたのだ。そして、善治の一族は龍神と呼んでそれと交流していたのだろう。
「……襲われなくて良かったですね……」
「まぁな。だが、そんな害意を感じれば、必ず我ら魔女が対応する。何より……これを見ろ」
イザリは手にしていた杖で一つ地面を突いた。すると、パッと光が走る。それは光の帯のように周りに大きな円を描いた。
現在は倉庫や木々が生い茂っている場所にも掛かっているが、宗徳はその円の大きさを見てはっとした。
「湖……」
「元々の大きさはこれだな」
かつての湖があった場所。その外周が光っていた。まだ昼間なのでそれほど目立たないが、青白い光が湧き立つように見える。
「これが、いわゆる結界だ。まだ正常に動く。お前も、今はこの範囲から出られん」
「え……」
宗徳が居るのは、円の内側だ。あと数メートルでその範囲から出る。
「なら、龍神もこの範囲から外には出られなかったと?」
「そうだ。まったく、酔狂が過ぎるわ。アレにも困ったものだ」
「アレ……いえっ、なんでもありません!」
イザリがアレと呼んだのは、恐らくこの場に法具を仕掛け、この結界を張った者のことだろう。こんなことを仕出かす者と関わるのは危険だと直感で判断した。
「それより、俺は帰れるんでしょうか? その法具はないのですよね?」
「いや、欠片が残っておるようだ。問題ない。だがそうだな……迎えに来たようだ」
「へ?」
その時、派手に水飛沫が上がった。すると、それと同時に、結界の青白い線が眩い黄色の光に変わる。
「不可視の結界に変わるか……」
口振りからすると、結界がその効力を変化させたらしい。しかし、それに感心し、見入っている事は出来なかった。
「え、あっ、リヴァイアサン!?」
池から現れたのは、あのリヴァイアサンだったのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
お迎えだそうです。
また明日です。
よろしくお願いします◎
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