第038話 盗まれた物

孫の律紀とそう変わらない年齢に見える治季ハルキは、宗徳を魔法使いだと信じて疑っていないようだ。


子どもの夢は大切にするのが大人の義務の一つだろう。今回の場合、特に嘘もない。宗徳は幽霊ではないし、魔法ではなく魔術と呼ばれる技術だが、こちらでの意味はあまり変わらないはずだ。


だから、後ろめたい気持ちになる事もなく話が出来た。若干、ヒーローを見る少年のようなキラキラとした目を向けられている事にはむず痒くなるが、ここは甘んじて受けておく。


そんな治季は、絶対に力になろうと意気込んでいるらしく、はっきりとした声音で質問に答えていく。


「ここ数ヶ月ほどでの変化でしたね。それならばまさしく、この池の水です」

「やっぱ池なのか……?」


宗徳が覚えているこの場所は、本当に綺麗な湖だった。広さとしては、外周三百メートルといったところだったが、稽古前の準備運動としてこの湖の周りを走ったものだ。


周りには木が植えられており、生徒達が踏みしめる湖の周りは、短い草が生い茂り、柔らかく走りやすかった。


「確かに、昔は湖だったと聞いています。ですが、この辺りも住宅が多く建ち、水路が潰されてしまったのです。近くの山も切り崩され、ここもだんだんと縮小してしまったとか」


そう、今思い返してみても、この池となったものは明らかに小さくなっている。そこでふと疑問に思った。


「ここが池になったのは、さすがに数ヶ月前じゃねぇよな?」

「はい。私が生まれた時にはもうこの規模でした」

「よく保ったな」

「どうやら、ごく少量ではありますが、湧き水があるようなのです。それで、数ヶ月前までは綺麗な水の池でした。悪臭を放つ事もなく、その上、不思議と草もこれほど伸びる事はなかったのです」


水は湖であった頃と変わらない透明度を持っていたらしい。更に、今や治季の背丈に届くほどの長い青々とした草が生い茂り、地面が見えない状況だが、つい数ヶ月前までは程よく草が茂るだけだったらしい。それが突然変わったという。


「そういや、昔も草むしりなんてしなくても良い状態だったな……」


まるで芝生だなと羨ましく思ったものだ。


「はい。それで推測ではありますが、大きな変化のきっかけとしましては、数ヶ月前の泥棒が入ったことではないかと思います」

「泥棒?」

「はい」


そいつは、留守であった母屋を荒らしたあと、なぜか池に飛び込んだらしい。


「ただの泥棒ではないようで、何か特定の物を探していたのだろうと聞きました。それで、池の中にあった何かを潜って取ってきたみたいなのです」

「なんでそんな事がわかったんだ?」

「この屋根のところに監視カメラがあったんです。先日修理の為に取り外したのですけれど、それで判明したのです」


留守がちになる事を気にして、治季の父親が泥棒騒ぎが起きる少し前に設置したらしい。まるで、何かを察していたかのようだ。


「犯人は?」

「まだ捕まっていません。ですが、その時の映像を見て鳥肌が立ちました。池の中から持ってきたのは、水晶玉のような綺麗な玉だったのですけれど、犯人が池から上がると同時に爆発したかのように水柱が立ち、その後一気に池の水の色が変わったのです」


画像はそれほど明瞭ではなかった。夕日の色が落ちる前なので、何とかそう見えたという程度。それでも、ここを見に来た時にはもう水は汚く濁っていたという。治季は毎朝この場所でラジオ体操をするのが日課で、その日の朝には変化はなかったらしい。


「それに驚いた犯人が水晶玉をこの辺りに落としたように見えました。そこで、割れるように凄い光が放たれたのです。それのせいでカメラがダメになったと聞きました」

「カメラを壊すほどって、そりゃぁ……かなりの光量だったんだな……」

「映像を確認した時、目がくらみました。光を見ただけで平衡感覚を失うなんて経験、初めてしましたもの」

「……スゲェな……」


相当なものだったようだ。


「……となると、異変はその水晶が怪しいな」

「やっぱりそうなのですねっ。私も怪しいと思い、割れた欠片がないかと何度もこの辺りに来ているのです」

「だからそんな格好なのか」

「はいっ。今日は池に入ってみようかと思っていたもので」


治季の服装を改めて確認してみる。胴付水中長靴で間違いないだろう。十代の女の子が着てぴったりなサイズのそれは、一体どうやって手に入れたのか。どこからどう見ても真新しく感じられた。


「……本格的だな……」

「うふふっ、ついさきほどホームセンターで買ってきましたぁっ」

「よく見つけたもんだ……だが一つ問題がある」


嬉しそうに池に入ろうとしている治季だが、残念ながらこれでは装備が足りない。


「な、なんですかっ!? はっ、わ、私には資格がないとっ!? 魔女っ子スキルがないとダメなのですかっ!?」

「魔女っ……すきる? いやいや、この池は結構深いぞ? それも、三歩目で二階建ての建物くらいの高さだ」

「……え……」


まるで、何を言われたか分からないといった様子で固まる治季。ただ、治季がこの格好で行けると思ったのも仕方がない。


「まぁ、分からなくもないな。昔も思ったが、深さが全く分からんかったからなぁ」


澄んだ水は、底の深さを感じさせなかった。湖は龍神が棲む神聖な場所であったから、泳ぐなんてこともしたことがなかったので、確認の仕様もない。


「そ、そんなに深いなんて……」


顔色を変えた治季に、少し落ち着いてもらおうと軽い感じで昔の善治に言われた言葉を口にする。


「仮にも龍神様の棲む場所だからな」

「っ!? そ、それって……」


その時、ふと宗徳は気配を感じて上空へ目を向けた。そして、それが視界に入ると、さすがの宗徳も表情を引きつらせる。


「い、イズ……様……?」

「む? ノリか」


そこに浮いていたのは魔女、イザリだった。


*********


読んでくださりありがとうございます◎


本物の魔女様の登場です。

次話どうぞ!

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