第027話 気付けたなら

律紀と美希鷹の二人で作った夕食も食べ終わり、一息ついてからライトクエストを出る。


「そんじゃ、明日十一時なっ」

「おうっ、気ぃつけて帰れよ」

「明日もお願いね」

「鷹君、キュアちゃん、またね~っ」


明日は土曜日。律紀も美希鷹も授業はないからと気兼ねなくまたここで会う約束をした。


美希鷹と別れ、九時近くの電車に乗るのを目標に駅へ向かう。


その途中、話に出るのは留守中に美希鷹とキュリアートの三人で何をしていたかということだ。


「最初はたまに見てるって話になった夕方のアニメを見てたんだけど、終わってから何しようって話してたら、キュアちゃんのこと話してくれたの。鷹君が普通の人じゃないってこととか……びっくりしたけど、何か納得しちゃって」

「何に?」


寿子が尋ねると律紀は清々しい笑顔で笑いながら答えた。


「だって鷹君、天使じゃん」

「……ふふっ、そうね。あんなにキラキラしてるし」

「うんうん。絶対小学生の時の鷹君見たかったっ」

「おいおい……タカはあれでもちょい重すぎな過去がだな……」


美希鷹は半身であるキュリアートと巡り合ってから、その姿を変えていった。髪は金色に、瞳の色は灰色に。黒から変わっていくのは劇的な変化だ母親が錯乱しても仕方がない。


その上、それまであまり親子関係も良くなく、母親一人で育てていたのだ。どうなるかはわかるだろう。


そんな母親とも和解することなく死別してしまったのだから、辛い思いをしなかったといえば嘘になる。思い出したくないこともあるはずだ。


「分かってる。それも聞いた。鷹君はえらいね。母親には受け入れてもらえなかったかもしれないけど、自分が他とは違うってことを受け入れるのは、勇気のいることだと思う」


美希鷹の場合は、その時までは普通だったのだ。それが変化することの恐怖は計り知れないだろう。


「小説とかゲームとか、自分だけ違う特別な存在になることに憧れるけど、実際はすっごく怖いことだと思うんだ……だって、誰にも理解されないかもしれない。今だったら、その違いを解明するために実験体にされそうでしょ? それって、すっごい怖いもん」


なまじ科学が進歩してしまっているこの世界では、原因の究明に動くのは当たり前に考えられることだ。人体実験とまではいかなくても、監視対象にされることはありえる。そんなこと耐えられるとは思えない。


「誰も信じてくれなかったら一人だ……自分から一人になることと、一人でいなくてはならなくなることは違うよね?」

「そうだな。それが分かったのか……律紀はすごいなぁ」

「本当に。賢い子ですよ」

「も、もうっ。おじいちゃん達は褒めすぎ」

「いいんだよ。孫は褒めてやるもんだ」

「そうよ。孫は褒められるものよ」


ヨシヨシと両側から頭を撫でられ、律紀は照れていた。そして、ふと肩を落とす。


「でも、鷹君の話を聞いて、私は甘えてたんだなぁって思ったよ……上手く言えないけど」

「……そうか」

「えらいえらい」

「もっ、もうっ。ちょっと落ち込んでるのに」

「いいんだよ。気付けたんだからな」

「いいんですよ。中々気付ける子はいないんですからね」

「……うん……ありがと」


律紀は逃げてきた。学校からも親からも。けれど、理解してくれる祖父母がいる。受け入れてくれると分かっていたのだ。だから来た。


「逃げることは時には必要だ。水ん中、息もせずに俺は魚だからって我慢することねぇんだよ。たまには外の空気も吸っとけ」


我慢してそこに留まり続ける必要はない。息継ぎぐらいすればいい。元気になってまた戻って、それでその生き方がおかしいと思ったなら別の道を探せばいい。


「でもねぇ、我慢も必要よ? だって、水面に出たら鳥さんに食べられてしまうかもしれないでしょう? そこを気付かれないようにタイミングは計って息継ぎね」

「ふふっ、二人して例えが変」

「あらそう?」

「そうか? ってか、さっき魚屋の水槽見たのがいかんな。ってことは魚屋がいかん」

「もう、あなたったら」


シリアスな話も冗談みたいな話になってしまう。それだけ、宗徳も寿子も世界を広く見ているのだ。どんな時でもすぐに脇道を見つける。


「ははっ、ウケるっ」

「うおっ、寿子っ、律紀がイマドキな言葉を使ってるぞっ。女子高生かっ」

「中学生です。今時イコール女子高生ではないんですよ?」

「なんだとっ。知らんかったっ」


『今時の女子高生は~』という定型文でしか聞かなかったので、宗徳の中にいつの間にか『今時』イコール『女子高生』となってしまっていたようだ。


「ふはっ、天然過ぎ。なんでお父さんがこうじゃないんだろう」


心底不思議だと律紀は首を傾げずにはいられない。


「仕様がねぇだろ。受け取り方の問題だ。俺らはちゃんと俺ららしくものをやっても、あっちが受け取り拒否してんだからな」

「押し付けると反発しますしねぇ」


困ったものだと子育ての難しさを二人で噛みしめる。


「要は、あっちが誰を味方と見てたかってことだよな。たぶん、あいつはその時の友人だろ。今も続いてるかは知らんがな」

「そっか……でも、今は……」


誰を味方と思っているのだろうと律紀は考える。母とは会話をしているだろうか。会社で友人と話しているだろうか。


「トゲトゲ、イライラしてんだったら、迷ってんのかもなぁ。誰を味方と信じていいかって」

「……そういう場合もあるんだ……」

「だから親とか血縁の者を頼るんですよ。人の心は変わるけれど、嫌でもなんでも血の繋がりはどうにもならないんですからね」


決して切れない繋がりがあるから、それに甘える。どう当たってもその繋がりだけは残ると分かっているからだ。


「ほんとになぁ、律紀がこの年で気付けんのに、あいつはさっぱりだ。まぁ、俺も昔はどうだったか知らんがな」

「ヤンチャでしたもんねぇ。ホント、いつまでも子どもで」


寿子は昔を思い出していた。いつも同年代の男の子達と走り回っていた宗徳。それを寿子も離れて見ていた。


宗徳も昔を思い出しながら、あの頃は確かにヤンチャだったなと腕を組み頷く。


「男はなぁ、苦しみに立ち向かいながらも家族を守らなきゃならんのだ。ハメを外せる時は外すっていうのがだな」

「はいはい。でも一人ではそのハメも外せないんですよね」

「あ~、まぁ、イタズラすんのも仲間がいて分かち合わんと面白味がないってぇのか」

「どうしても群れちゃうんですよね」

「こればっかりは習性だな」


仕方がないと結論を出す。すると、これに律紀は変わった見解を持った。


「そっか……私はお友達がいないからな……だから楽しくないんだよね」

「学校か」

「うん……けど、私だけが友達がいないわけじゃないんだよ? なんか、一人で勉強するのが当たり前っていうか……でもね。明日は鷹君と勉強もするんだ。それが楽しみっ」

「そうか……」

「キュアちゃんも付き合ってくれるんだって」

「あら。それは頼もしいわね」


律紀は、初めて友達だと言える人ができた。それにはキュリアートも入るらしい。面倒見の良いキュリアートだ。慣れない二人の友人との関係を取り持ってくれるだろう。あれでキュリアートは精神年齢が高い。


「明日は帰り、遅くなるんだよね?」


家に向かいながら、そんな最終確認が入る。


「そうねぇ。どれだけ時間がかかるのかしら……ちょっと予想できないわ」

「場合によっちゃ、泊まりになるかもな。ああ、もし遅くなるようなら、連絡をタカに入れる。そんで、泊まりって事になったら階層長が一緒に泊まってくれるってよ」


律紀の事は、ちゃんとクーヴェラルに許可も取ってある。今日、退室する時に長引いたら自分も一緒に泊まるから気にするなと言われたのだ。


「カイ総長さん?」

「え~っと、なんて言ったか……フロアボス? フロア長か。俺らの上司でタカの今の親だ」

「へぇ。鷹君の……うん。ならきっと良い人だね。わかった」


そうして、家が見える頃。玄関の外灯の下に誰かがいる事に気付いた。


「ん? 誰だ? こんな時間に……」


律紀に怖い思いをさせるつもりはない。宗徳は前に出る。すると、自然な動きで寿子は律紀の腕を掴んで引き寄せていた。


次第にはっきりしだしたその人の顔を見て、真っ先に律紀が声を上げる。


「父さん……」

「徹?」


そこに居たのは宗徳と寿子の息子。律紀の父親である徹だった。


***********

読んでくださりありがとうございます◎


今度は息子さんの登場です。

また明日です。

よろしくお願いします◎

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