第026話 受け入れること

魔獣の退治をするとは言っても、今日の勤務時間はもうすぐ終わってしまう。


孫娘を待たせていることもあるので、約束の時間まで宗徳は治療術について、寿子は調薬についての本で勉強をして過ごすことになった。


「すげぇな、この腕輪……ちゃんと読めるぜ」

「本当ですねぇ。向こうでも英字とか読めるんでしょうか……」


当然だが、この世界の文字は日本語ではない。だが、宗徳達には強い味方がいた。


それが腕輪だ。読みたい本を開き、それに向けて腕を差し出すと、本と同じ大きさの大きな吹き出しが出てきた。それを通して本を見ると言語が日本語に変換されて見えるのだ。


「公には使えんだろうけど……出来そうだよな。あ、けど吹き出し自体、律紀にも見えなかったか……いけるかもな」

「通信もどこにいても出来ますもんね。あ、そろそろ帰ると鷹君に連絡しておきましょうか」


寿子が時計を確認し、帰れる時間にもう少しでなると見てそう言った。


「そうだな。それなら、俺は後三ページ読んじまうから連絡しておいてくれ」

「わかりました」


宗徳は切りの良い所まで読んでしまおうと気合いを入れ、読み進めた。


そして、時間になる。


「本当に善じぃは残るのか?」

「ああ。この状態で放っておけないからな。お前達には休みがなくて悪いが、明日の昼頃、また来てくれ。それまでに色々と用意しておく」

「わかりました。ご無理なさいませんように」

「ちゃんと休んでくれよ?」

「分かっている」


心配する二人に、クスリと笑う善治。これに二人はきっと無理するだろうなと思いつつも地球へ帰る扉を開けた。


「ただいま、チェシャさん」

「おんやぁ? 何かあったのかい? ゼンゼンがいないネェ?」


二人だけで戻ってきたことにチェルシャーノは首を傾げていた。


「なんか、魔獣が暴れてるらしい」

「退治のために動かれた遠征隊が、怪我をして運び込まれてきたんです」


それを聞いてチェルシャーノは顎を撫でる。


「はぁん。それはギルドマスターとしては大事だねぇ。オーケー。ゼンゼンのことだから報告はもう上げてると思うケド、一応、君たちのボスに報告お願いネ~」


善治のことだから、その辺は抜かりないとは思うが、直接現場にいた宗徳達が報告するのとは違うだろう。必要なことだ。


「了解」

「私たちも早く報告書を上げましょう」

「そうだな。律紀とタカを待たせちまう。そんじゃ、チェシャさん。俺ら、明日昼ごろにまた来るんで」

「ハイな。待ってるヨ~」


チェルシャーノと別れ、宗徳と寿子は着替えてすぐに上司であるクーヴェラルに報告に向かう。


「そう……承知したわ。ノリちゃんとヒサちゃんには、明日から本格的にゼンちゃんの補佐を頼むわ。危険なこともあるかもしれない……気をつけてちょうだい」


害獣駆除が安全なものであるはずはない。それも異世界の魔獣などと呼ばれているものを相手にするのだ。危険を伴うのは当然だろう。


「もちろんですよ、階層長。今時の奴らみてぇに、話が違うとか言って逃げ出したりしねぇ」

「師匠についていくんですもの。生半可な覚悟でここへ来てはいません」


二人はうんと頷く。もうここは地球なので、本来の年齢だ。それでも、その瞳と声音には、二十代の頃の瑞々しい力強さが感じられる。


「ホント、頼もしいわぁ。任せたわよ」

「おうっ」

「はいっ」


本日の勤務はこれにて終了だ。善治を置いてきた事に、少々後ろ髪を引かれるが、休める時は休むのが良い仕事をするためのコツだ。


宗徳と寿子は、エレベーターで最上階のフロアへ急いだ。


「律紀はタカと上手くやってっかな……」

「あら、あなた。その言い方だとなんだか誤解を受けそうよ?」

「そうか?」


まるで新婚の娘夫婦を心配するような言い様だと寿子は笑った。多分、見た目以上に寿子も緊張している。律紀と美希鷹、キュリアートは話をしたんだろうか。


そうして、たどり着いた部屋の前。二人は揃って息を大きく吸い込む。それにお互いが気付いて、クスリと笑った。


「はっ、ここまできたらしようがねぇよな」

「そうですねぇ。行きましょう」


ドアフォンを鳴らすと、美希鷹がすぐに顔を覗かせた。その清々しい笑顔を見て二人は一先ずホッとする。


「お疲れっ。夕食、律紀と作っておいたぜ」

「マジか。ありがとな」

「まぁ。鷹君とりっちゃんのお料理なんて、楽しみだわっ」


部屋に入ると、律紀は普通にキュリアートと話をしながら料理を運んでいた。


「それってあのタワーの所のケーキ屋さんでしょ? 高いけど大きくて美味しいって聞いたよ」

《そう。それも重いんだよ。クリームが結構な重量あるらしくて。クー様はそのケーキ、食後に三つは食べるからって》

「ははっ、鷹君、優しい」


楽しそうに友人と話すようにキュリアートを肩に乗せて話している律紀を見て、宗徳と寿子は最初驚いた。立ち止まってしまった二人を追い越し、美希鷹が律紀とキュリアートに駆け寄っていく。


「あっ、おい、キュアっ。お前、何喋ってんだよっ。恥ずかしいだろっ」

《ミキが小さく天使のように可愛かった時の、あの健気さが懐かしくって。あ、そんな前の事じゃなかったわ~》

「ふふっ」

「それは今も小さいと言ってんのかっ? 言ってんだなっ。律紀も笑うなっ」


楽しそうに笑う律紀に、美希鷹が顔を真っ赤にして怒る。


「だって~。今度写真見せてよ。去年ので良いよ?」

「このやろうっ……」

「あははっ。大丈夫。カッコいい所もあるから」

「そっ、そうかっ。なら、お前は許す……けど、キュアっ、お前は許さんっ」

《ははんっ。私に勝とうなんて百万年早いわよん》

「降りてこいっ。焼き鳥にして食ってやるっ」


キュリアートと美希鷹のこの言い合いは、毎度の事だったりする。そのいつもの光景に律紀が混ざっている。それが妙な感じだ。


だが、律紀の笑顔が偽りのないものだと分かると、二人は途端に嬉しくなる。


「律紀っ」

「りっちゃんっ」

「うわっ、どうしたの? おじいちゃん、おばあちゃん」


思わず抱きついた二人に、律紀が動揺する。


「さすがは、俺の孫だっ」

「本当にっ。自慢の孫娘だわっ」

「なによ? 変なの」


不思議も受け入れ、変わらず美希鷹やキュリアートと笑い合う律紀。その姿に、宗徳と寿子は勇気と元気をもらった。


「よしっ、明日は一丁、魔物退治だっ」

「もうっ、あなたったら、魔物ではなく魔獣ですよ。私も負けませんっ。必ず投げ飛ばして見せますっ」

「おいおい。素手かよ……せめて武器は持とうぜ? いや、けどもしかして、また頭突きでいけるか?」

「あなた……またってなんです?」

「え? え? 魔物? 魔獣?」


宗徳と寿子の決意の言葉に、律紀はただ、目を白黒させていたのだった。


**********


読んでくださりありがとうございます◎


あり得ないことを受け入れる。

心に余裕ができた証拠です。

では、次話どうぞ!

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