第022話 治癒魔術
一階に下りると、慌しく走り回る人々が目に付いた。
「あの腕に白い布を結んでんの従業員か?」
宗徳が城を建てている間にも、善治と仮設の受付などを作っていた人達も同じように布を腕に巻いていたなと思い出したのだ。
彼らはどうやら、外から怪我人や病人を運んでいるようだ。救護室として造った部屋の方へ、次々と人を担いで連れて行く。
「他の冒険者ギルドから派遣されて来たのだが……一体何が起きているのか……悪いがお前達も手伝ってくれ。私は状況の確認をしてくる」
「おう。力なら有り余ってるからな」
「任せてください」
宗徳と寿子は、重症で歩けないでいる人々を抱き上げて救護室に連れて行く。しかし、そこはもうベッドが足りなくなっていた。
「こりゃぁ、ここだけじゃ無理だな。だいたい、どっからこれだけの人数が集まってきたんだ?」
当然一人や二人ではない。三十人は超えている。対応している職員は五名だ。その職員達もかなりお疲れな様子だった。
もちろん、これだけの人数を彼らだけで運んでいたわけではないようで、友人や恋人なのか、怪我人の付き人達が大半を運んでいた。
「医者はどこだ?」
職員達は運ぶだけで精一杯なのか、人々をただ部屋に運んで休ませているだけだ。
キョロキョロと治療する者を探していた宗徳に、奥から出て来た寿子が眉をひそめて言う。
「あなた。お医者様はいないそうです……」
「なんだと? それならなんでここに集めるんだ。もうベッドの空きもないだろう」
「ええ。ですから、上の部屋を確認してきます。お布団はなくてもシーツのような敷物は用意出来そうですから」
「そうだな。頼む。俺は善じぃに治療をどうするのか聞いて来る」
運んだとしても寝かせておくだけならば意味がない。一見した所、半数以上は怪我人だ。衛生的にも良くないだろう。
とりあえず、まだまだ外でへばっている者もいるようなので、それらを中へと運び込みながら善治を探す。
見つけたと思った善治の周りには、そこにも五人の職員達が何を言うでもなく集まっている。一人ずつ報告をしているのだろうが、立ち止まっているならば手伝えと言いたい。
宗徳が善治の方へ一歩踏み出した所で、一人の女性が声をかけてきた。
「あのっ、ここにマナポーションは売っていますか?」
「ま、まな……何だって?」
耳慣れない言葉に戸惑う。横文字はただでさえ苦手なのだ。全くといっていいほど、記憶に残らない。すると、通りかかった職員の一人が答えた。
「八ランクと七ランクのが辛うじて各五つならありますよ。ただ、今は非常事態なので、治療魔術が使える方にしかお売りできません」
「分かっています。初級クラスですが使えます。まず夫を助けたいんですっ」
「ではその後、可能な限り他の方にも治療をお願いします」
「はいっ」
女性は連れていた男性を壁に寄りかからせて座らせると、自身も細かい擦り傷だらけの体で右足を若干引きずりながらカウンターへ向かう。
戻ってきた女性は、手に持っていた小さなドリンク剤ほどの瓶の中身を飲み干す。それから集中すると、意識がない男性へ両手を向けた。
光が集まっていくように見えた。それが女性が両手を広げたぐらいの大きさの魔法陣を空中に描いていく。
「……青と……ちょい白……」
淡いその魔法陣は、次に男性の体へ吸い込まれていった。すると、擦り傷や打撲は消えたように見える。
「はぁ……っ、完全に塞げない……っ、もう一度っ」
再び女性は集中し、同じように魔法陣を出現させるとそれを男性に向かって放つ。よくよく男性を見ると、胸辺りには斜めに大きな傷が走っていた。胸当てが黒いのかと思ったが、それは全て血だったようだ。
その血も止まっているように見えず、顔色も良くならない。意識も依然として戻らない男性を見て、女性はヘタリ込む。
「リーヤっ……リーヤ……っ、ごめんなさいっ」
今にも死んでしまうと思っているような悲観ぶりに、宗徳が堪らず近付いていく。
「あ……あの、ごめんなさい。他の方の治療は待って……」
女性は、宗徳が他の人の治療をするように言いに来たのだと思ったようだ。その様子から感じるに、この世界での生存率は低いのだろう。
助かる確率の高い者を常に優先させる傾向にあるのだ。この世界の常識では、男性はもう助からない部類なのだろう。だが、宗徳は幸か不幸かこの世界の者ではない。非常事態であろうと、手を尽くしても良いと思っている。
だから、口にしたのは女性の予想したものではない。
「ああ、いや。さっきの術、要は止血して切れた所をくっ付けるんだよな? けど、こんだけ血が出てっと貧血でどのみち危ねぇぞ?」
「え……」
宗徳は男性の斜め前に屈み込み、その顔色を窺ったり、傷の具合を確かめたりする。それからぶつぶつと呟きながら記憶にある先ほどの魔法陣を思い出す。
「青に見えたって事は『水』だよな……こんだけ土が付いてんのに、傷口はきれいになってるって事は、消毒して……バイキンが入っちゃ意味ねぇもんなぁ。そんで白ってぇと……『時』だったか? あ~、治りを早めんのか。けど、それだけだと結局……なぁ、姉ちゃん」
「は、はいっ?」
色々と考察をしていた宗徳は、唐突に女性に声をかける。それからおもむろに腰にさしていた小刀を抜いて自身の人差し指の先を少しだけ切る。それを見せるように女性へ差し出した。
「っ……!」
「もう一回、さっきの術見せてくれ」
「あ、は、はいっ!」
笑顔でおかしな事を提案してくる宗徳に、女性は目を白黒させながら反射的に応える。
体に大きな傷のある男性の時とは違い、現れた魔法陣は手のひらサイズだった。それが傷口に吸い込まれていく。宗徳は描かれたこの世界の文字らしき紋様を目に焼き付ける。
だが、その努力とは裏腹に、傷口がきれいに消えると同時にあっさり宗徳は理解した。そう、宗徳は感覚の人だ。
「……へぇ……これなら、あとは血を元に戻してやるのも入れて、使った活力は飯を食えれば問題ないよな」
そう呟いて立ち上がると、宗徳は男性に向かって先ほどの女性がかけた魔術よりも遥かに眩い光の魔法陣を描く。
「これでどうだ!」
「っ!?」
女性は引きつった声を上げたようだ。一度宗徳から反射的に離れようと足に力を入れた女性は、見事に尻餅を付いている。
そんな行動の理由も考えず、宗徳は己の放った魔術を見つめる。全ての魔法陣が男性の体に吸い込まれると、体に付いていた血も全て消えていた。
「服に付いた血ももったいねぇからなっ」
満足気に腰に手を当てて胸を張る宗徳。すると、男性が目を開いた。
「ん……っ、ここは……」
「うそ……っ、リーヤっ!?」
「ミラ……? 俺は……」
抱き合って喜ぶ男女に、宗徳は居心地が悪くなって数歩下がる。すると、善治が背後まで来ていた。
「宗徳……お前は……」
「うおっ、び、びっくりしたぁ」
「はぁ……とりあえず、お前は怪我人をそうやって治療してこい。倒れそうになったらコレを飲め」
「お、おう……お、怒ってんのか?」
さすがにいきなり人体実験はマズかったかもしれない。しかし、微妙にピリピリしているように感じたのだが、善治の顔は明らかに呆れている様子だ。
「いいから行ってこい!」
「はいっ、師匠!」
善治の迫力ある声に、宗徳は子どもの頃からの条件反射で返事をし、救護室へ駆け込んで行くのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
感覚の人ってこわい。
できたならいいか。
では次話どうぞ!
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