第023話 作ってみましょう

結局運ばれてきた怪我人は全部で三十二名。それとは別に、怪我はないが、何らかの原因で意識がはっきりしない者達が二十六名。過労で座り込む程度の者達がギルドの職員を合わせて四十名弱。


怪我人は一階の救護室に運び込み、それ以外の状態の悪い者達は二階の大会議室に寝かせた。過労の者達はとりあえず一階の待ち合い所兼、飲食用のフリースペースとして作った場所に適当に座り込ませている。


寿子は宗徳が救護室で怪我人の手当てをしだしたのを見て自分もと思った。しかし、宗徳とは違い、寿子は見よう見まねで人相手に術をかけるという度胸はなかった。


だから、寿子はきっぱりと諦めて他の事ができないかと頭を切り替える。


「あなた。ここは頼みますよ。私は上を手伝ってきます」

「おう。無理すんなよ」

「それはこちらの台詞ですよ」


宗徳ならばこんな時、加減を間違えるのはお約束だ。何事も限界を知らなければ前に進めないというのが、宗徳の持論だ。


きっと、今回も倒れるまで怪我人の手当てをするだろう。注意した所でそれは変わらない。ため息をつきながら、寿子は部屋を出た。


「あ、ヒサコさん。私も上に一緒に行きます」

「イーサさん。動いて平気?」


ギルド職員の一人、イーサはつい先ほどまで青い顔をして座り込んでいた。


「体力ないだけなんで、大丈夫ですよ。それにしても、ムネノリさんは凄いですね。あのレベルの治癒魔術が使えるなんて」


イーサは今の二十代頃のヒサコと同じくらいの背丈と体格。目を惹くのは真っ白な髪だ。脱色したとか、年でというわけではない。本当に白いのだ。これは何が原因かまだ知らないが、職業病のようなものだと聞いた。


「そういえば、治療魔術は適性がある者しか使えないんでしたっけ」


階段を上りながら、寿子はつい先ほど知った事実を確認する。


「そうですよ。ただ、初級くらいならば五十人に一人くらい使える者がいます。ただ、ムネノリさん程の治癒魔術は上級か特級。そこまでの適性がある者は百年に一人いるかどうかです」

「それは世界クラスで?」

「ええ。魔術に特化したエルフ族や魔人族でさえ、治癒魔術に関しては適性のある者がほとんど出ないのです」


クラス分けは五つ。下から初級、中級、上級、特級、最上級とあり、まず寿命や魔力の保有量の限度からいっても、人族には特級が限界らしい。


「そう……結果としては私達の世界とそれほど変わらないかもしれないわね……あ、でも病気は?」


今から向かう二階には、怪我ではない体調不良の者達ばかりを集めたはずだった。それも宗徳がやる治療魔術でどうにかなるのだろうかと考えたのだ。


「怪我ではない場合は、魔術ではどうにもできません。この場合は薬に頼るしかないんです」

「薬……なら、薬師さんがいるの?」

「はい。調薬師は水と付加魔術の適性があれば、あとは知識だけで可能な技術です。ただ、極めていくと……こうなります」


イーサは自分の髪を摘み上げ、お茶目に片目を瞑って見せた。


「どういうわけか、白くなるんです。でも、最上級の調薬師であれば、これがもっと光る銀になるそうです。調薬師の適性の多いエルフ族に白銀の髪が出るのはそのせいだと」

「へぇ……」


そう言われても、エルフ族というのが寿子にはピンとこない。反応が薄くなるのは仕方がない。だが、イーサはこの反応を見て、エルフ族を知らないからとは受け取らなかった。


「試しにヒサコさんもやってみませんか? 適性があるかもしれませんし、手伝っていただけたら嬉しいです」

「そう……ねぇ。出来るかしら……」

「っ、やってみましょう!」


どうやら調薬に興味がないだけと判断したようだ。普通はやってみようとは思わない技術だ。材料となる薬草や木の実、時には魔獣の臓器など、それらを手に入れる事が出来なければ意味がない。


この世界ではその材料集めには命の危険が伴う。例え適性があったとしても、材料が手に入らなければ宝の持ち腐れ。


その上、レシピは膨大な情報だ。それも正確な分量も知っていなくてはならない。それだけの事を覚えていくのにはそれこそ膨大な時間も必要になる。


調薬師になる為には、命をかけた博打を打つにも等しい覚悟がいるのだ。生きるのに精一杯なこの世界の人々には、かなり無茶な挑戦だった。


「でも、難しいのでしょう?」

「見たところ、運び込まれたのはユーラの毒による影響を受けた者達ばかりです。下の怪我人も怪我は治っても体力や流した血は戻りません。滋養強壮の薬はいくらあっても足りませんよ。最低でも、材料をすり潰す事は適性がなくても出来ますから」

「そ、そう……教えてくださいな……」

「よろこんで!」


若干、テンションの上がったイーサに引きながら頷く寿子だ。


二階に上がった二人は、小さな会議室に入る。そこでは調薬のために必要な道具や材料が用意されていた。


寿子がまず目を付けたのは厚さ十センチ程のキレイに切断された平らな石。上から見た直径は二十センチといったところだろう。よく見ると端の方には溝がある。


「これは?」

「これの上で薬草をすり潰して汁を絞り出すんです」


イーサが手に持っていたのは握れる大きさの小さな石と緑の薬草だ。


「えっと……ああ、その石も切られたみたいになってますね……なるほど、それで押しつぶすと……それで……それは薬草……というか、『ほうれん草』よね?」

「ホウレ……いえ、クコラ草です。これの絞り汁を小瓶一杯飲めば、疲労感や倦怠感が立ち所に消えます。これにこのリュアを加える事で、状態回復薬。ヒーリングポーションとなります。軽い毒も治りますよ」


怪我以外はこれで対処するのが普通らしい。リュアとは、リンゴのような果物に見えた。予想通り、甘く水分の多い果実だという話だ。


「ヒーリングポーション……聞いた事があるような……」


寿子が聞いた事があるのは、息子の徹がやっていたゲームからだ。それを思い出すのはもう少し先だった。


「同じ素材で作った薬でも、温度や混ぜ方、素材を合わせたり、状態維持の魔術をかけるタイミングなどで効能が変わってきます。これが調薬師の腕の見せ所。八ランクから五ランクのものを常に作れるようになれば一人前です」


そう説明する間に、薬が一瓶出来上がった。物珍しげにしっかり見ていた寿子は、何度も納得するように頷いた。


「では、ヒサコさんは力もありますし、クコラをすり潰してください。これはそれほど出来に影響はない作業なので」

「わかったわ」


寿子は言われたように石と石を合わせてすり潰していく。外側にある溝は、一箇所が外に流れ出るようになっていて、そこに受け皿を用意しておけばよかった。


この世界では力のある寿子は、ほんの軽い力ですぐに絞り出す事ができた。大量のクコラの汁が出来上がると、イーサや他の応援に来た調薬師達も目を丸くしていた。


「も、もうあれだけの量を終えたのですかっ!?」

「一籠分がものの十分で……」


普通にやれば、二時間近くかかるらしい。異常さが良く分かる。


この場にあったクコラは全て使ってしまった。次はそうなると、寿子も他にもっと手伝おうと考える。


同じようにリュアも絞り切ると、調薬師達の手元を数分眺める。寿子の目には、グルグルと混ぜるとキラキラとした光の粒子が吹き出るように見えた。そして、リュアを入れれば、その光が更に増す。


光の色が鮮やかな緑になった時、状態維持の魔術だという術をかけ、瓶に移し替える。どうやら光の具合がタイミングを教えてくれているようだと見た寿子は提案してみる。


「ねぇ、その調薬っていうの、一度だけやってみてもいいかしら」

「え、ええ……量的には十分にあると思いますので、どうぞ……」

「ありがとう」


まずは調薬用の器にクコラの汁を一定量入れる。器は水の入った大きな器に浮かべる事で温度を変えるようだ。グルグルと回していくと、キラキラとした光の粒子が溢れ出す。


その様子がキレイで、全体からキラキラが溢れるようになってから器を水から揚げ、リュアの汁を少量ずつ垂らしていく。すると、光が変わり出す。


緑の液体からほんの少し甘い匂いが感じられる量でやめれば、キラキラが液体に馴染む。全体が淡く発光するようだった。


「きれい……それに、美味しそう」


素直な感想だ。そして、淡い光がもっと強くなるようにと、数回混ぜる。


目に鮮やかに緑色の発光色が見えた。そこで状態維持の魔術を見よう見まねでかける。


「同じ紋様にイメージできたから、問題ないと思うわ。うん……これで、出来た」


瓶に入れ終わると、蓋をしてお終いだ。イーサや他の調薬師達の作ったものととりあえず比べてみる。


「う~ん……ちょっと光り過ぎなのかしら?」


寿子の作った薬は、ほんのりと優しい緑の光が溢れている。けれど、他の調薬師達の作ったものは、キラキラと光る粒が中に見えるだけ。


感じからすると、寿子のはよく混ざっていて、調薬師達のものは混ざっていないと言える。


出来上がった薬と他のを難しい顔で見比べる寿子に気付いたイーサが、一区切りついたところで声をかけてきた。


「どうです? あ、出来たみたい……っ、ちょっと、鑑定師っ、こっちのを先にお願いっ」

「イーサさん?」


鑑定師とは、薬の出来を鑑定し、ランクで正しく仕分けしていく人たちの事らしい。


イーサは慌てて寿子の作ったものを鑑定師に渡す。すると、二人いる鑑定師達が青い顔になった。


「なっ、なっ……っ、こ、これはっ」

「これっ、誰がっ!? ちょっ、初めて見た!!」

「間違いないわよねっ!?」

「それはこっちが聞きたいっ」

「僕らの目が信じられないのっ? って、僕も信じられないよっ!!」


なんだか酷く動揺しているようだった。


「あの? 出来ていなかったのかしら?」


寿子は恐る恐る聞いてみる。すると、イーサと鑑定師の二人が揃って詰め寄ってきた。


「「「何者っ!?」」」

「え?」


声を揃えて言われても、寿子は何の事だか分からない。


イーサが興奮しながら説明してくれた。


「だって、これっ、三ランクよっ!? そんなの人族の国に存在しないわっ!」

「え~っと……三って低いから……出来損ない?」

「三よっ!? 三っ! 上から三つ目って事でしょうがっ!」

「へぇ……」

「ちょっ、なんでそんなキョトンとしてんのよぉぉぉっ」


そう言われても寿子にはよく分からなかった。


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読んでくださりありがとうございます◎


この人もチートです。

また明日です。

よろしくお願いします◎

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