第020話 お留守番していてね
次の日、律紀は家の掃除を手伝って気を紛らせながら、時折、何かを考えているようだった。
それを宗徳も寿子も何も言わず、見守りながらも普段通りに過ごす。
昼を過ぎた頃、宗徳は善治に連絡を取った。ただし、電話ではない。ライトクエストに所属する者達が使う連絡手段は科学ではなく魔術だ。
「本当に凄えな、この腕輪……律紀には見えてねぇみたいだし」
腕輪自体は見える。しかし、便利な吹き出しを出してもそれは見えないらしいのだ。これを最初に善治になぜかと尋ねた。
「『同じものを身に着けている者にしか見えないのだ。そもそも、腕輪から発せられる力が着けている者の魔力と融合し、視覚に作用する事で……』」
ちなみに、この腕輪では声を届ける事が出来ない。だが、これに向かって喋った言葉が文字に変換され、リアルタイムで相手の吹き出しに表示される。
漢字変換ミスなどの間違いは今の所ない。素晴らしい性能だ。
「悪りぃ、もう説明いいや……分かんねぇ……」
理解しなくても使えるなら構わない。聞いたのがバカだったと早々に諦める。
「そんで、孫娘を連れて行ってもいいのか?」
「『構わない。あちら側には、契約しなければ連れて行けないが、本人が納得出来るのならば、社に来るのは問題ない』」
あっさりそんな許可が下りた。あちら側とは異世界の事だ。
仕事の間、律紀をこの家へ一人残していくのが不安だった。そこで考えたのが、ライトクエストの近くに連れていくという事。
「納得ってのは、魔女様が居るってこととかだよな? い、良いのかよ……」
宗徳は、仕事の間だけ待たせてやれる場所がないかと相談したのだ。ロビーでも構わないのだがと、少々歯切れ悪く尋ねた。これに、寧ろ最上階の部屋まで来れば良いと答えが返ってきたのだ。
「『構わない。だいたい、我々は普通に外でも生活している。もし、普通ではないと思われても、人は理解出来ないものに対しては目を瞑って自身の精神を守ろうとする防衛本能がある。それに、社の不利な情報が外部に漏れた場合は、対処する部隊もあってな』」
「へぇ。記憶を弄ったりとかするのか?」
やられたら怖いが、出来なくはないのではないかと思ったのだ。これまで生きてきて、異世界の存在なんてものと対峙した事はない。そんなものは、あってもきっと都市伝説で終わる。
それを考えると、ライトクエストの情報は全くと言って良いほど外へ出ていないという事だ。ならば、見た人の記憶を弄っているのだろうと思えた。しかし、予想は外れた。
「『魔術で記憶を消したり、改竄する事は出来ない』」
「そうなのか? 魔術もそんな万能でもないんだな」
部隊は『口外する気にならないようにする事』に重きを置いているらしい。そのための周りの情報操作はするが、社を護るというより、知ってしまった相手の精神を守っているのだ。
「『共存する事が最優先事項だ』」
「なるほど」
人であっても、そうでなくても同じ世界に生きる者として、その存在を認めるべきなのだ。
ただ、本当の意味での共存は難しい。自分にない力や姿を持った者を中々理解出来ないのが人なのだから。
通信を終わり、出かける用意を始める。
「さてと……律紀はどうだろうなぁ」
宗徳や寿子は、驚きはしても現実を受け止める事が出来た。しかし、自分達は大丈夫でも、孫娘である律紀が同じように受け入れられるとは考えるべきではない。
少々の不安を覚えつつも、覚悟を決めてライトクエストへ出発した。
「ここで働いてるの……?」
「おお。あ、なぁ律紀……その……怖かったら……」
「おじいちゃん、何を心配してるの? ここって怖い人達の……ヤクザの事務所とか?」
ここへ来るまでの間も、色々言ってきたため、最後の方は小声で宗徳の耳に囁きかけるようにして尋ねる律紀。これには反射的に首を横に振る。
「いやいや、そうじゃねぇ……そうじゃねぇんだが……その……」
どう説明したら良いのだろう。自分達にとって、ライトクエストで出会った魔女も、人とは違う姿をした者達も大切な仲間なのだ。それを律紀に拒絶されたらと思うと、今になって怖くなった。
そんな宗徳の気持ちを察した寿子が代わりに律紀へ言う。
「りっちゃん、動物のお耳が生えてる人とか、背中に羽が付いてる人とか、あとは……そうねぇ、年を取らない人とか信じる?」
「えっと……ファンタジーのお話? ゲームは好きだよ? 本とかも読むけど……どういう事?」
不思議に思うのは無理もない。だが、率直に聞くとしてもこうなる。
「あぁ~っ、もうめんどクセェ! 律紀っ、魔女さんとか飛んでても気にすんじゃねぇぞ」
「へ?」
「よし、行くかっ」
「えぇっ!?」
混乱させたまま行ってしまえという荒技に出た。そうして、こういう時に限ってあの階から乗る魔女がいるのだ。宗徳はエレベーターの壁に手を突いて、うな垂れた。
「なんだノリ。そんなに震えて、我に会いたかったのか」
「……い、イズ様……い、一週間ぶりです……」
「一週間か……」
彼女はイザリ。初日に出会った少女の姿をした魔女だ。イザリは、一週間と聞いて考え込むように顎に指をやり下を向く。
「もしかしてイズ様、また籠っていらしたのですか?」
そう寿子が尋ねると、イザリが俯いたまま頷く。
「面倒な仕事を押し付けられた。そろそろ終わらせねば……」
「イズ様……?」
いつもそれほど変わらないイザリの表情が、険しく歪んでいた。しかし、次にそれを誤魔化すように不意に顔を上げたイザリは、いつも通りに口を開く。
「それより、随分と大人しそうな孫娘だな」
「はぁ……って、なんで孫だと……あ~、いや、何でもないです……」
「ふっ、お前も分かってきたじゃないか。娘、あまり思い詰めるでないぞ」
「え……」
見透かされたような気になったことだろう。律紀はかなり動揺していた。宗徳はそんな律紀の頭を撫でながらイザリへ言う。
「ありがとうございます。イズ様も、あまり無理されませんように。俺らでよければ……いえ、お茶にお付き合いするくらいならできるかと」
本当は『俺らでよければ力になる』と言いたい所だが、イザリの力になれるような実力はないのだと思い出したのだ。
宗徳が言い換えた言葉を、イザリが気付かないはずがない。
「そうか……ヒサ、お前は良い旦那を持ったな」
「ありがとうございます」
イザリはまたなと言って途中で下りていった。
「何があったんでしょうねぇ? 随分、お疲れなようでしたけど」
「イズ様でさえ、一週間以上も缶詰めになるんだ。相当、面倒な案件を抱えているんだろうよ」
イザリは、魔女の中でも力が強いらしい。他の社員では解決出来なかった問題を押し付けられる事が多いのだという。
「けど、あの見た目は反則だぜ……」
「ええ。つい、助けたくなりますもんねぇ。もちろん、イズ様が望まれれば私も手を貸しますけど」
「だな」
イザリの力を持ってしても解決出来ないのに、ただ少し腕力と体力がついただけの宗徳と寿子には力になれる事などないだろう。それでも、言わずにはいられないのだ。
そこで、律紀が今更ながらに問いかける。
「ねえ、あの子もここの社員なの?」
「ん? ああ。魔女様だ。イザリ様っていってな。あれでそろそろ千の大台に乗るらしいぜ」
「セン? 大台って……曲芸師かなんかを目指してるとか?」
「曲芸? 違う違う、一千歳。年だよ。魔女だからな。俺らの十倍近く年上なんだよ」
「……何言って……」
いきなりこれを信じろというのは無理だ。だが、ここで嘘は付くべきじゃない。
そんな話をしていると、最上階に着く。
エレベーターを下りて部屋の方に向かう。鍵を受け取り、素早く部屋に入った。
「会社の中にアパート? あれ? あんなに奥行きあるはずが……」
部屋に入る直前、通路を見回した律紀が首を傾げる。それは、部屋に入ってその広さを確認しても戻らない。
「え? なんで? こんなスペース取れるはずが……」
これにも正直に話す。
「特殊な魔術で、空間が拡張されてんだよ。まぁ、気にすんな。もうすぐタカが来るから、二人でテレビ見たりお茶したりして待っててくれや」
宗徳と寿子は、律紀をここへ置いていくという問題に伴い、急遽仕事の時間を三十分遅くしてもらった。それというのも、出かける直前に美希鷹が速攻で学校からここへ来て律紀を見ていてくれると連絡してくれたからだ。
腕輪が反応する。美希鷹だった。
「お、早いな……」
着いたぞと連絡が入り、すぐにインターホンが鳴る。覗き穴から美希鷹を確認してドアを開けた。
「すまんな、タカ」
「いいって。よっ、律紀。俺、腹減ったからホットケーキ焼くんだけど、食べるか?」
「ホットケーキっ? 食べたい! 手伝うよ」
「おっし、あ、徳さんと寿ちゃん、ここは任せて行っていいぜ。怪我すんなよ」
なんだかいつも通りだ。律紀も美希鷹が来てほっとしたようだった。
「おうよ。頼んだぜ」
「お留守番お願いね」
律紀の様子を見て、宗徳と寿子も安心して玄関に向かう。すると、美希鷹の頭に乗っていたキュリアートが宗徳の肩に飛んで来る。
「キュリアート、タカと律紀をよろしくな」
《ええ。ゆっくり私の事も話してみるわ》
「そうだな……」
そうして、またキュリアートは美希鷹の頭の上へ戻っていく。
部屋を出る時、律紀が笑顔で顔を覗かせた。
「気を付けて、いってらっしゃい」
「「いってきます」」
帰りは六時半。これから三時間の間に、機会があれば美希鷹は律紀にキュリアートの話と自身の話をするだろう。
帰って来た時、律紀がどんな顔を見せるのか、それを今考えるのは止そうと思った。
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読んでくださりありがとうございます◎
再び異世界へ
では、次話どうぞ!
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