第019話 家族という存在
美希鷹と律紀の着替えも終え、いよいよ餃子作り開始。
宗徳の肩に止まっていたキュリアートは心得たもので、台所の入ってすぐにある戸棚の上に飛び乗る。
すると、律紀がようやくその存在に気付いたようだ。
「鳥? 飼ってるの?」
宗徳が平然とキュリアートを見ていたため、迷い込んできたわけではないと分かったのだろう。
「違ぇよ。タカの家族だ」
「家族……?」
律紀はペットを飼った経験もなく、動物が家族だと言う事に、理解はできても納得はいかないようだ。微妙な表情を浮かべていた。
「あ~、まぁ、生き物を飼った事がなけりゃ、分かんねぇ感覚か」
宗徳も子どもの時は家畜としての鶏や、番犬が家にいた。だが、家族とは思えなかった。その感覚とは違うのだ。だから、律紀が不可解に思うのもわかる。
そんな律紀にも分かって欲しかった。キュリアートは普通の鳥ではないし、美希鷹にとっては本当に家族なのだ。ここで壁を作ってほしくはない。
「人だって血が繋がらなくても家族になれるだろ。それと同じだ。家族ってのは、一緒に生きるって事だ。自分の領域に受け入れ、受け入れられる関係を気付く。それが家族っつう絆になんだろ」
お互いに関わり合い、支え合えたなら最高だ。
「家族……うん……そっか、それ……羨ましいな……」
そう言った律紀がとても小さく見えた。寿子にはそれが痛々しく見えたのかもしれない。今、律紀の中で出ようとしている答えはあまり良いものではなさそうだ。だから、わざと話をそらす。
「キュアちゃん、可愛いものねぇ」
「あ、うん……キュアちゃんって言うの?」
律紀はそこで美希鷹に尋ねた。逃げずに他人と関わりを持とうとするのは良い事だ。宗徳と寿子が構う美希鷹に興味を持ったのかもしれない。
「いや、キュリアートだ。その……俺にとっては口煩い妹みたいなもので……」
その美希鷹の言葉に、キュリアートは反応する。
ひょいっと美希鷹の頭に飛び降りると、いつものようにツンツンツンっと頭をつつく。
「痛っ、痛いってっ」
キュリアートが抗議する時、まるでキツツキのように物凄いスピードでつつく。見ている分には大変面白いが、刺激的だろう。
「キュリアート、それくらいにしておかねぇと、穴より先に禿げるぞ」
「ハゲる!?」
「タカは毛が細ぇから、ただでさえ将来禿げ……」
「ハゲる~っ!!」
本気で恐怖を感じ始めた美希鷹は完全に頭を抱えている。それでもやめないのがキュリアートだ。
「ふふっ、あははっ。反対にキュアちゃんが頭皮に刺激を与えてるんじゃないの?」
「おお。なるほど。クシでトントンするやつか」
「あなたはフサフサですもんねぇ」
「まぁなっ」
「ハゲる~ぅっ」
涙目だ。
そこに、クスクスと笑う声が聞こえた。律紀だ。
「ふふっ、ははっ」
その様子を見て、宗徳と寿子は嬉しくなった。
「はっはっはっ。タカ、良くやった。律紀を笑わせた功績を讃えて、餃子は食べ放題だっ」
「それ、食べ放題出来るほど作らんとダメじゃん! ってか、キュアっ、もう勘弁んん~っ」
「あははははっ。タカ、お前にとってのキュリアートは姉ちゃんだなっ」
こうして、楽しく時間は過ぎて行った。
食事も終わり落ち着く頃、美希鷹と律紀は楽しそうに話をするようになっていた。
「なんだ、あの進学校かよ。駅おんなじじゃん」
「制服で分かんなかったの?」
「セーラー服なんて、どれも変わんねぇだろ」
「う~ん。あのスカーフが可愛いって人気なんだけど……」
「む、胸の辺とか見れねぇよ……っ」
「ふっ、ふふっ」
「笑うなっ」
「ははっ」
ようやく、本当の笑顔を見られた。それが宗徳と寿子は嬉しかった。
「良かったですねぇ」
「おう。こりゃぁ、タカに小遣いでもやらんとな」
美希鷹は辛い経験をしてきた事と、ライトクエストで多くの大人達と関わっている事で、とても察しが良い。
律紀が抱えている問題が何なのか、それが分からなくても、律紀が安心できる雰囲気というものが無意識のうちに分かるのだろう。
普通、思春期の難しい年頃の男女が初めて会って数時間で、これほど打ち解ける事など難しい。それが分かるから、宗徳は感心していた。
宗徳の肩には、キュリアートが止まっている。あの雰囲気を壊してはいけないと気を遣っていたらしい。だから、離れて見守る宗徳と寿子は普段通りキュリアートに話しかけられる。
「タカが生徒会役員になれる訳がわかったぜ」
《まぁね。けど、あれも大人に見捨てられないようにって頑張った結果よ。最初は痛々しかったわ……》
「なるほどな……」
母親に見捨てられ、自分の変化に怯えながら、また人と関わろうなんて勇気がいる。
けれど、幼いながらにそうしなければ、美希鷹は生きていけない事を知っていた。
大人達の顔色を窺って、相手に合わせる。それは大人にだって簡単に出来るものではない。だが、それを身に付けなくてはならなかった。
「けどよぉ、今のあいつは笑えてる。何かと煩く言うお前さんの存在があったからかもしれんが、あの笑顔とか、普段のあいつは楽しそうだ。色々あっても全部乗り越えて来た強さが、今のあいつの笑顔を作ってんだ。強いやつだよ、タカは……」
《それ、ミキには言わないでね。調子に乗るから》
「ははっ、そりゃぁ、ウゼェな」
《でしょ?》
「もう、あなたもキュアちゃんも、鷹君に失礼よ?」
そう言いながら、寿子も笑っていた。
時刻はそろそろ八時半。美希鷹が帰る支度を始めた。
「二人は、明日仕事あんの?」
玄関で靴を履きながら美希鷹が尋ねる。頭には定位置に納まったキュリアートが眠そうに髪の中に潜り込んで小さくなるのが見えた。あれならば、暗くなった今時分には他人の目に映らないだろう。
「夕方にな。三時から六時までだ。働き過ぎだってよ。休めって言われるとは思わなかったぜ。休みも自主的に出て来いってのが、昔は普通だったのになぁ。数年で変わるもんだ」
「時代が違うんだよ。ウチは特に期限とかない仕事だし、休んでも後で皺寄せが来るなんて事ないから良いんだよな」
「あ~、そうか。早く帰れとか言われても、そんじゃ明日にすっかってキリ付けられるもんな」
「そうそう。今の風潮に、会社が対応出来てねぇ所がいっぱいあるんだってよ。だからさ……」
そこで言葉を切った美希鷹は、少し離れた所で見送ろうとする律紀を見て続けた。
「そういうのの皺寄せが、お前の親父さんに来てんのかもな。家、ピリピリして嫌なんだろ」
「……うん。何で分かったの……?」
「何となく。お前の親父さん、センサイみたいだし、徳さん達に仕事何やってるか聞いてたからさ。その上、兄ちゃんが受験生なんだろ? ピリピリして当然じゃん。家族だからって、無理してそんな中にいなくて良いと思うぜ?」
「……家族なのに?」
律紀が不安そうな顔で美希鷹を見つめる。
「何とかしてやりたいって思うのはお前の勝手だけど、それで潰れたら元も子もねぇよ」
美希鷹の言葉は、しっかりと律紀に届いているようだ。律紀の表情が真剣なものに変わっていく。
「それと、自分の事だけで手一杯になってちゃダメだぜ? 余裕を作るためにも、お前には徳さんと寿ちゃんがいるじゃん。肩の力を抜くって案外簡単なんだぜ」
「……そう……なのかな……そっか……ありがとう。鷹君」
「おうっ。そんじゃ、またな。徳さんと寿ちゃんも、今日はご馳走様。明日またな」
「明日な」
「気をつけて帰るのよ?」
そうして、美希鷹は帰っていった。
その姿を見送った律紀は、大きく深呼吸をする。
「私……家でも学校でも居場所がなくて……逃げたくて……一人になりたかった……けど多分、本当は一人になるのが怖かったんだと思う……ねぇ、おじいちゃん、おばあちゃん……」
静かに語る律紀に、宗徳と寿子は笑顔で向き合う。
「なんだ?」
「なぁに?」
大丈夫だ。一緒に考えてやるぞと伝わるように見つめる。すると、律紀が真っ直ぐに目を合わせて改めて口を開く。
「ここに居てもいい? 考えたいの。自分の事……家族の事……学校の事をっ」
それを考える余裕がこれまでなかったのだ。余裕を持つという事さえ頭になかったのだろう。律紀は、やっと息が出来たという顔をしていた。
「おう。いくらでも居ろや」
「もっと頼っていいのよ。だって、おじいちゃんとおばあちゃんですもの」
「うんっ」
その日、律紀を真ん中にして宗徳と寿子は一緒に眠った。それは律紀の父、徹がまだ幼い頃に並んで眠った時のようで、安心し切った律紀の寝顔を見ながら、あの頃の思い出を胸に、二人は穏やかな気持ちで眠りについたのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
子どもも日々色々考えてます。
それを無視しちゃダメですね。
ではまた明日です。
よろしくお願いします◎
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