第018話 可愛いお客様

光を反射する金の柔らかそうな髪。その頭に乗っているはずのキュリアートは見えない。


しかし、ふと視線に気付いて目線を上げると、木の枝に真っ白な小鳥であるキュリアートを見つけた。しっかりと目が合ったのも確認できた。すると美希鷹も気付いたようだ。


家を囲む塀。その途切れた入り口にもたれかかって宗徳達を待っていた美希鷹は、いつ帰ってくるのかと不安そうな表情一転させた。


「あ、お帰りのりさん、寿ひさちゃん」

「おう、タカ。元気か?」

「もち」


明るい笑顔だ。先ほどまで見せていた寂しそうな表情は美希鷹には似合わないと思う。


「鷹君。会いに来てくれたの?」

「だって、ここんところ忙しそうにしてたからさ……」

「ふふ、心配してくれたのね? ありがとう。ねぇ、今日は時間ある? これからお夕飯を作るんだけど、一緒にどう?」


寿子の言葉に、美希鷹の綺麗な目が輝いた。


「いいぜ。むしろ、疲れてるだろうから俺が作ろうかと思って来たんだ。何が良いか決めてから買い物しようと思ってたんだけど……」

「もう買って来たぞ。今日は餃子だ。張り切って作ろうや」

「マジ!? 餃子かっ、俺、作るの初めてだ」

「そうなの? それならよかったわ。人数多くないと面倒だものね」


寿子も嬉しそうだ。餃子を作る機会など二人で暮らしているとほとんどない。


宗徳は文句一つ言わず何でも食べるので、メニューだって似たり寄ったりになっても最近は気にしなくなっていたのだ。たまには手間をかけて料理するのも良いだろう。


「タカなら作ってそうだと思ったんだけどな。手の込んだのとか、いつも苦もなく作るだろ」

「そうだけど、餃子は臭うから嫌だって言われるんだよ。だから、ウチで食べるって発想がなくてさ。でも、作っちゃえばニンニクとか抜けばいいもんな」


美希鷹とはライトクエストでもう何度も顔を合わせていた。ただ、会うのはもっぱら夜で、帰る前に美希鷹の手料理を夕食にする事が多かった。


「女性は気にするわよね」

「そうなんだよ……変なところで乙女アピールがさぁ。二日酔いで酒の臭いさせんのは良いのに、ニンニクはダメってどう思う?」

「クー様って呑むのか」

「あれは呑むなんてもんじゃないよ……質より量だって言うし」


宗徳と寿子が所属するフロアの長。クーヴェラルが美希鷹の後見人だ。会社から歩いて五分の所にライトクエストが所有するマンションがある。そこに多くの社員達が住んでいるらしく、美希鷹もそこでクーヴェラルと二人で暮らしているらしい。


「それより、そっちの子……誰?」


いつものように話し出してしまったので、完全に律紀が置いてきぼりになっていた。


「ああ、悪い。この子は孫娘の律紀だ。律紀、美希鷹って言って、俺らの……上司の息子だ」


義理のと付く事はあえて伏せておいた。


「あ、はじめまして……時笠ときがさ律紀りつきです」

「俺はかなめ美希鷹みきたか。よろしくなっ」

「う、うんっ」


美希鷹の容姿は可愛らしい。背も今の律紀と変わらない。けれど、それだけだときっと見てるだけで満足してしまうだろうが、美希鷹の物言いは少々荒っぽく、気持ちがいい。律紀も警戒はしていないようだ。


「さぁ、上がってちょうだい。それで、張りきって餃子を作るわよっ」


そんな寿子の気合いの入った様子に、美希鷹は笑顔でテンションを上げる。


「お邪魔します! あの餃子のヒラヒラって所、やってみたかったんだよなっ」


とても嬉しそうだ。それに比べ、律紀は消え入りそうな声を出す。


「お、お邪魔します……」

「おう、上がれ上がれ」


気負うなと言う代わりに、明るく言ってやった。


数日空けた家を先ずは点検し、異常がないと確認出来ると、空気を入れ換えるために窓を開ける。


すると、中庭の方にある木にキュリアートも移動してきていた。


目が合った宗徳は網戸を開けて声をかける。


「お前も入れ。孫娘しかいないしな」


すると、キュリアートは宗徳の肩に止まって小声で確認してきた。


《鳥のアレルギーとかないか確認してよ。今の現代っ子は繊細だから》

「お、なるほど……律紀、お前、鳥のアレルギーとか食べ物でダメな物ってあるか?」


ついでに聞いておこうと尋ねる。


「ううん。私はない……」

「私はって事は、家族で誰かアレルギーあるのか?」


美希鷹は緊張気味の律紀を思ってか、気安く質問した。それが良かったのだろう。律紀はようやく肩の力を抜いたようだった。


「お父さんが、ハウスダストがダメだって」

「へぇ、確かその父親さんが徳さんの子だろ? 繊細?」


クスリと笑いながらのその言葉に、宗徳も笑った。


「なっ。俺と違ぇだろ?」

「うん。全然イメージできない。寿ちゃん甘やかした?」

「いいえ~、好きにさせてたら潔癖になっちゃったのよ」

「あ~、放任主義って言やぁ良いのか? きっと抱え込むタイプだったんじゃねぇの? ダメだぜ? 子どもなんて勝手に育つけど、手は加えてやんねぇと」

「タカ……お前、ジジ臭ぇな」

「徳さんに言われるとダメージあるわ」


美希鷹は自分の生い立ちを卑下ひげしたりしない。辛い思いをしてきたからこそ、色々と見えるのだろう。自分の中に閉じこもるのではなく、視点を変えて前向きになれたのは善治のお陰だと聞いた。


「はははっ、言ったな? そんなジジ臭ぇお前には、俺の服を貸してやろう。制服汚れたら大変だからな」

「それは有り難いけど、甚平は勘弁な」

「なんだと? あれならサイズとかそんな気にならんだろうと思ったんだが……」


出そうと思っていた物を拒否られてしまった。


「まぁまぁ、ありますよ。鷹君に合う服。律ちゃんのも出しますね」


寿子が出してきた服は少々二人には大きいだろうが、特にそれ以外のデザインなども問題なさそうだ。


美希鷹達が着替えるまでの間、宗徳はキュリアートを肩に乗せたまま昨日までの荷物を片付けていた。


寿子は夕食の準備に取り掛かっているので、キュリアートと話をしながら手を動かしている。というより、キュリアートの方から話しかけてきた。


《可愛い子だね》

「律紀か。だろ? 写真では見てたが、実際に会うのはあいつがまだ愛想笑いしか知らない小っさい時だったんだがな。ってか、会った時に『久しぶり』って言っちまったぜ。あいつは覚えてないだろうにな。けど、『はじめまして』は違ぇよな?」


数か月毎に義理の娘から送られてくる写真を見ていたので、会っているような感覚があったのだ。


《大人しそうな子だし、それでも『久しぶり』って返したんじゃない?》

「おう。良く分かるな。けど、あいつたまに内緒で俺らを見に来てたっぽいんだよ」


あれはどういうことだったのだろうと思った。


《寂しかったんじゃない? なんか、言いたい事もありそうだもの》

「そうか……なら、後で聞いてやらんとな」

《それがいいわ》


キュリアートとは、こんな会話も珍しくない。案外良く喋るのだ。美希鷹の保護者のつもりでいるのか、とてもしっかりしている。


「そういやぁ、クー様はもしかして、今日は夜勤か?」

《そうなのよ。だから、丁度良かったわ》

「なんなら泊まっていくか?」


歓迎するぞと言えば、キュリアートは残念そうに答えた。


《金曜日ならそれでも良かったんだけど、明日も早いみたいだから》

「朝練か何かあるのか?」

《生徒会よ。もうすぐ夏休みだから、それまでに決めなきゃなんない事があるんだって》

「生徒会!? ちょっ、タカっ! お前生徒会に入ってんのか!?」


思わず宗徳は大きな声で美希鷹が着替えている部屋に聞こえるように尋ねた。


「そうだけど、そんな驚く事?」

「え? 鷹君、生徒会役員なの?」


聞こえた寿子が台所から飛んでくる。


「寿ちゃんまで……まぁ、ガラじゃないんだけどさ」


そう言いながら、美希鷹は着替えて部屋から出てきた。その姿を見て、寿子は先ほどまでの驚きを忘れたかのように嬉しそうな声を上げる。


「あらぁ、せい君の服良い感じじゃない」

「あん? 征哉せいや用だったのか。確かに良い感じだな。ちょい大きいが」

「大きさは余分だよ」


ムッとする美希鷹。可愛い顔をしていても、やはり男の子だ。身長ももっと欲しいのだろう。


「それより、生徒会だ。何やってんだ? タカはまだ一年だろ?」

「会計だよ。大した事じゃない」

「へぇ。計算できんのか?」

「出来るよっ。ってか、会計だからって、それだけじゃねぇし」

「そういえば、鷹君勉強好きだって言ってたものね」

「まぁね。この前、初めてのテストでさぁ、学年一位だった」


ピースサインを出す美希鷹に、それは凄いと目を見開きながら、宗徳は笑って言ってやる。


「マジかっ! そんな髪フワフワもじゃもじゃなのになっ」

「髪関係ないじゃんっ!」


美希鷹も、冗談だと分かっているから、おかしそうに笑って答えた。


そこに、律紀も着替えを終えて戻ってくる。


「お、律紀。可愛いな」

「ありがと……こういうワンピース初めて……」

「そうなのか? こんなに似合うのに? なぁ、タカ、似合うよなっ?」


ここで、律紀に見惚れているのに気付いた宗徳が、美希鷹に振ってみる。


「似合う……っ、似、似合ってるっ……って、なんだよっ」

「いやいや。タカは素直で良いなぁ」


近くに来ていた美希鷹の頭を乱暴に撫でる宗徳だった。


**********


読んでくださりありがとうございます◎



可愛いお客さん達とのひと時を楽しみます。

では次話どうぞ!

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