第017話 つけて来た者
宗徳は、駅から後をつけてくる者に気付いていた。
入り口から入って真っ直ぐ進み、突き当たった頃、ようやくその人はスーパーに入って来たようだった。
けれど、気のせいということもあり得る。もしかしたら、偶然このスーパーに寄るのかもしれない。どちらにしても、もっと近付いて来てからでも充分対応できると考えた。
しかし、先ほどから痛いほどの視線を感じている。それでも目を向ける事はしなかった。
そして、ようやく今、その人が意を決したように一歩ずつ踏みしめるようにして向かって来たのだ。これに、寿子も気付いた。
セーラー服を着たポニーテールの女の子。その子を見た寿子は、一瞬後はっと息を呑んで確認した。
「っ、りっちゃん?」
「まさか……律紀かっ」
つい先日送られてきた写真の記憶と一致する。
「……久し振り……おじいちゃん、おばあちゃん……」
「おうっ、本当に久し振りだ。どうした? 父さんか母さんは?」
この近くに息子と嫁がいるのだろうかと、内心緊張しながら問いかける。しかし、律紀は首を横に振った。
「私だけだよ。おじいちゃん達を電車で見て……付いて来ちゃった……」
「あらあら。そういえば、電車通学だったわね」
「そうなのか?」
宗徳には初耳だ。律紀は今年中学校に上がったはずなのだ。これに悪気なく寿子が答える。
「ええ。言いませんでしたか?
「そりゃぁ……頑張ったな」
沙耶とは息子の嫁の名前だ。寿子がよく電話やメールをしているのは知っていた。
ここで寿子に聞いてないぞと怒るのは無しだ。だから、ここで口にしたのは、律紀への褒め言葉だった。すると、律紀は俯きながら頷く。
「うん……っ」
これを見て、宗徳と寿子は、何かあったんだなと確信した。寿子は一応確認する。
「この後の予定は?」
「……塾があるけど……っ」
「行きたくないの?」
「……ん……」
顔を上げてくれなくなった。学生鞄を手が白くなるほど強く握りしめるその様子から、涙を堪えているのかもしれないと思った。
「なんだ。そんなもん休め。疲れてる時に無理に行ったって頭に入んねぇよ。寿子、沙耶に電話できるだろ」
「そうですね。電話してきます」
「おう」
「え……」
か細い声が漏れ、少し顔を上げる。やはりその目には涙が滲んでいた。戸惑う律紀に、宗徳は笑顔を見せる。
「学校で散々勉強してきただろ。今日はもう良いんだよ」
「……でも……」
行きたくなくても、行かなくてはならないという意識があるのだ。しかし、今はそれが負担になっている。
「頑張ろうと思うのは良いことだ。行かなきゃならん所だと思うのも悪くねぇ。けどな、その年でそんな顔して行かなきゃならん所なんてねぇんだよ」
「……行かなくて良いの?」
「良いぜ。たまにはな。ここん所が少しでも軽くなったら行け。なんだって、余裕が無けりゃ入ってこねぇ。頭も心もな」
「……うんっ……うっうっ……っ」
宗徳は親指で自身の胸を叩く。
堪え切れない涙が流れた。それを恥ずかしそうに手で拭う律紀の頭を乱暴に撫でる。
そこへ、寿子が戻ってきた。
「あらあら、まぁ、りっちゃんを泣かせるなんて……よくやりましたね、あなた」
「おう。任せろ」
宗徳と寿子は笑い合う。それから二人は律紀を連れて買い物を続けた。
「今日は餃子よっ。さぁ、張り切って作りましょうっ」
「作るの?」
「そうよっ」
そう寿子がスーパーから出てから言えば、ようやく律紀に笑顔が見えた。これならば、会話もできそうだ。だが、先ずは当たり障りのない世間話からだ。
「ウチに来るのは初めてだよなぁ」
「うん。けど、知ってる。近くまでよく……来てたから……」
「え?」
寿子がおかしな声を上げる。
「ずっと来たかったから……」
そう言って、寂しそうに律紀は笑った。
律紀が知っていたというのは冗談ではなく、本当だったようだ。その足取りは迷いがなかった。
そして、家が見えた。すると、そこに見えたものに律紀が不思議そうな声を上げる。
「あれ……誰?」
言われて目を凝らす。
「ん? 誰かいるか?」
「あの金髪は……鷹君?」
家の前で座り込んで待っていたのは美希鷹だった。
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読んでくださりありがとうございます◎
行きたくないけど行かなきゃいけないんだと思う時。
辛いです。
これはサボりたいじゃないですからね。
では、また明日です。
よろしくお願いします◎
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