第015話 素敵な管理者

扉を開けると、これを管理するチェルシャーノが、いつものようにテンション高く迎えてくれる。


「おっ帰り~ぃ。この時間って事は、もしかしてお城は完成したのかな?」


チェルシャーノはとても陽気な男だ。最初は関わった事のない人種に戸惑いもしたが、数日で慣れた。どんな時でも笑顔で見送ってくれて、嬉しそうに出迎えてくれるのだ。悪い気はしない。


「おうっ。バッチリ」

「やったネ。おめでとう!」


今日はキセルを咥えていないので、口元の笑みがよく分かる。時折くわえているキセルは特殊な薬煙を吸っているのだそうで、それで魔力不足を補っているらしい。


キセルを咥えている時は少々疲れている時だ。今日はまだ余裕らしい。だから、気遣うより弱音が口から出た。


「けどなぁ。あんな作り方で出来ちまって、本当の職人に申し訳ねぇってメッチャ思ったぜ……」


結局、城はほとんどイメージだけで出来上がってしまったのだ。何ヶ月も、物によっては何年もかかる苦労をすっ飛ばし、面白おかしく『こんくらいで』『あれにハマる長さで』『気持ち小さく』なんていう適当なもので作った。


もちろん、イメージだけの力とは言えない。組み木の細かな形などは細部まできっちり研究した。


だが実際、カンナも金槌も使わない、まるで子どものブロック遊びのようだった。


宗徳は職人の苦労を近くで見て知っているだけに、こちらへ帰ってくると毎回申し訳なく思ってしまう。完成した事で、思わずこんな言葉が口から出てしまったのだ。


しかし、そんな宗徳の言葉を、チェルシャーノは笑い飛ばす。


「あははっ、ノリノリは真面目だねぇ」


そう言っておいて、チェルシャーノは定位置であるソファに腰掛けた。そのソファは、ふわふわと宙に浮き上がる。床から五十センチくらい離れて、宗徳達の前を漂った。


ソファの肘掛にもたれかかりながら、チェルシャーノは続ける。


「インチキみたいなのが魔術さ。これも立派な『技術』だよ。魔術を使わずに建物を建てるには、多くの道具と技が必要になる。職人のそれらを扱う『技術』が必要になるだろう? その『技術』が違うだけさ。プロセスが違った所で、それがなんだい? 人によって答えの出し方が違うように、ノリノリはノリノリのやり方で作った。そこに負い目を感じる必要はないと思うけどネ」


チェルシャーノの言葉に、宗徳は目を見開いた。目の前が一瞬明るくなるような感覚。久しく忘れていた感覚だ。


「……チェシャさん……ありがとう。なんかスッキリした」

「それは良かった。君達の活躍をまた楽しみにしているよ」

「おうっ」


輝くような笑顔。宗徳の笑顔は、少年の頃から変わらないのだ。これにつられるように、寿子もほっとした笑みを浮かべる。


密かに安堵のため息をついていた善治は、二人の肩を叩いた。


「さぁ、今日は早く帰れよ」

「分かってるって。寿子、早いとこ報告書仕上げて、久々に買い物しようぜ」

「そうですね。今晩は何にしましょう」


宗徳と寿子は仲良く会社のロッカールームに向かって行った。


そんな二人を善治とチェルシャーノは楽しそうに見送る。


「……ありがとうございましたチェシャ」

「んん~。ちょい本気で喋り過ぎたナ」

「たまには良いでしょう」


宗徳だけでなく、寿子もここ最近戸惑っている様子を見せていたのだ。異世界に触れ、魔術を学んでいくと、こちらの世界とのギャップに違和感を感じるようになる。


それは仕方のない事で、必ず向き合うべき問題だった。そう『向き合わなくてはならない問題』なのだ。だが、ここで長く立ち止まってもらっては困る。


もちろん、人によって感じ方が違うように、悩み方は違う。どう何を言って背中を押してやればいいのか。それはやはりタイミング一つ取っても難しいのだ。


チェルシャーノは本来、扉の管理をするだけの存在。お悩み相談など鼻で笑って無視するどころか、チェルシャーノに相談する者などいない。


チェルシャーノは扉を使用する職員達にとって、通過するだけの扉同然なのだ。


現に他の扉の管理者達は無口で無愛想なのが多い。人と話すのが苦手で、ただ機械的に魔術を行使するだけでいい仕事というのが、この扉の管理者だ。


チェルシャーノも、かつてはそんな管理者達と同じだった。


「僕がお節介焼くようになるとはねぇ。誰のせいだろうナ」

「いいじゃないですか」


その要因となった善治は、ふんと鼻を鳴らした。


「あははっ、まぁね~ってことで、お礼はボトル一本だから」

「いつものビネガーですね」

「そうそうっ」


健康志向のチェルシャーノがボトルと言えば、お酒ではなくビネガードリンクだ。こんな事も、善治ぐらいしか知らなかったりする。


「それにしてもあの二人、凄い才能を持ってるねぇ」


チェルシャーノは楽しそうに呟く。これを受けて、善治は静かに頷いた。


「同じ事を、よく魔女様達にも言われます。会っていなくても感じるそうで」

「だろうね。特にノリノリは色んなのに好かれそうだ。その上感覚の子っぽいし。ああいう子は伸び代が読みづらいんだよネ」

「はい……それは昔から変わっていません……」


善治は苦笑を浮かべた。


「ははっ、イイネ。最近、僕は本当に楽しいヨ。あの扉が本来の色と輝きを取り戻す日は、それほど遠くないカモネ~」


そう歌うように言いながら、チェルシャーノはソファを飛ばし、仕事に戻っていった。


「ふぅ……私も報告書を上げて……今日は早く眠るとしよう」


一息つくと、善治はゆったりとした足取りで部屋を出て行くのだった。


**********


読んでくださりありがとうございます◎



チェルシャーノ素敵な紳士さんです。

では、また明日

よろしくお願いします◎

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