第007話 上司に挨拶しましょう

部屋の中は、大きな会社を想像した通りの光景だった。いくつもの机が並べられ、多くの人がそれに向かっている。


しかし、一歩入ると少しだけ印象は変わる。仕切りの簡易な壁がいくつもあり、どれも宗徳の腹辺りの高さしかない。


それらが広い一つの部屋に並べられ、それぞれの課ごとなのだろうか。いくつもの四角く区切られた場所が作られている。その中に机と椅子が十前後あった。


机の上には、書類やパソコンが置かれている物は多いが、よくわからない石や水晶などもあった。固定電話もあるが、それとは違う何かで電話のように話している者。テレビ電話のように何かに向かって話している者もいるように見える。


異世界が絡むだけあり、やはり少し変わっているようだ。あれは何なのかと考えるだけ無駄だろう。


そして、もう一つ特徴がある。そのフロアは大きなビルにしても、広さが見た目と合わなかったのだ。


「……こんなに広いのか?」

「え、ええ……おかしいですねぇ。エレベーターホールで半分は使っていると思ったのですが……」


寿子も、面積の感覚と合わないぞと首を傾げていた。


これに善治はまだ慣れないのかと呆れて、一応説明してくれる。


「こんな事で驚いていてどうする。少し別の空間に繋げてあるのだ。他の階も多少大きさが変わる。特に十八階と二十五階は降りるな。迷子になるぞ」

「そんな、ビルの中で……いえ、はい。承知しました!」


善治に忠告はしたからなと睨まれて、宗徳は勢いよく返事をした。


「……十八、二十五、十八、二十五……」


忘れないようにと何度か呟く。頭の中で文字として数字を思い浮かべ、エレベーターも関連付けておいた。こうしておけば、自分はかなりの確率で記憶する事が出来ると、これまでの経験で知っている。


だが、その間に善治は先に進んでいた。仕切りがあるお陰で、通路は広くはっきりと分かりやすい。ただ、きっと何度か角を曲がられたら混乱するだろう。


墓参りの時を思い出す。『あの辺り』と目標を定めていても分からなくなりそうに広く、いくつもの通路があるのだ。


寿子も記憶中だったのか、宗徳と一緒になって足を止めていた。それを善治が振り返り手招く。


「なにをしている? 長に挨拶するぞ」

「お、おさ……」


課長でも部長でも社長でもないらしい。


「ああ。社長は忙しい方だからな。呼ばれるまで気にしなくていい。長は、このフロアを仕切っている方だ。人によって『ボス』とか『主様』、『階層長』や名前から『クー様』なんかでも呼ばれるな」


そう言っている間に、辿り着く。


「防音室?」

「ここ、真ん中ではないですか?」


フロアの中央。そこに赤茶色の太い柱のように、四角い部屋がある。エレベーターでもない。


ドアノブ付きの扉が付いているが、ピアノを置くための防音室のように見えた。高い天井ギリギリの大きさで、柱かエレベーターだと勘違いしても仕方ないだろう。


何より、フロアの中央だ。普通、窓際奥に上司の机というものはあるのではないのかと思うのだが、ここでは違うらしい。


「中央にあるのは、少しでも不公平をなくす為だ。窓際では、扉の方からは遠過ぎるだろう」

「確かにそうですねぇ」

「もう、そういうもんだと思ってたから、妙な感じだ……」


良くテレビで見るような上司のデスクが真ん中の窓際にある場合、扉に近い人達にはこの広いフロアでは特に遠過ぎるだろう。


フロアは正方形。その中央にあるならば、それほど困らない。


「常識や一般的と思えるものは、ここではそう役に立たない。頭を柔らかくな」

「はい……」


自分では頑固であるとは気付きにくいものだ。視野が狭くなっていたり、思い込みが激しくなるのは、もう仕方がないと思っていた。しかし、ここではそうやって諦めてはいけないのだろう。


自分と向き合う修行だと思ってやってみるしかない。


気持ちも新たにしている間に、善治はその部屋の扉の少々下。その横にあったドアホンを鳴らした。



ピィ~ン、ポォ~ン♪



「「……」」


普通の音だ。子どもが口真似できるドアホンの音。ここだけ普通なのが少し笑えた。


『はぁ~い。善ちゃんね。どうぞ~』


えらく若そうな女性の声が聞こえた。


「失礼いたします」


善治が扉を開ける。入るように促され、宗徳と寿子は慎重に部屋へ入った。


「し、失礼します……」


先ほどのベルの音など忘れ、二人は緊張していた。


宗徳の声に続いて、寿子は深く頭を下げて入る。二人が部屋へ入ると、善治も中に入り、扉を閉めてそのままそこに控えた。


ここも広くなっているのだろう。三人も入っては窮屈だと思ったのだが、学校の校長室よりも大きいように感じた。


宗徳がいる場所から、十歩ではまだその人の机の前まで辿り着けないほど広い。横にも適度な広さがあった。


「ようこそ」


横長の大きな執務机。そこにいたのは、美しく微笑む四十ぐらいの女性だ。


緑に近い髪色。それをきっちりまとめ上げ、左の口元にあるホクロが色っぽく見せる。瞳の色も緑だ。色素が薄いのだろう。だが、右目は顎下まで伸ばされた前髪で隠れてしまっている。


「初めまして。時笠宗徳さん。寿子さん。私はこのフロアをまとめる階層長のクーヴェラルです。横文字は覚え難いかもしれませんが、クーと覚えていただければ」

「あ、お気遣いありがとうございます。クー階層長」


宗徳は優しげなその若く見える女性に、気合いを入れてそう言った。


「ふふっ。そんなに緊張しないでちょうだい。これからよろしくお願いしますね。寿子さんも」

「はいっ。お願いいたしますっ」


寿子も宗徳と負けず劣らずの緊張具合だ。そんな二人を見かねたのか、善治が一歩踏み出しクーヴェラルに言った。


「長。彼らはもう身内です。いつまでそれで通すおつもりか」


忠告するように言う善治は、少し怒っているように感じられた。


「善じぃ?」


同じように感じた寿子と揃って善治を振り返る。すると、クスクスとクーヴェラルが唐突に笑いだした。


「くくっ、ふふっ、あははははっ、やぁだ。善ちゃんってば、そういうところ変わんなぁ~い」


一気にクーヴェラルの口調が軽いものになる。片頬に手を当て、少し首を傾げていた。


これに善治は無表情のまま答える。


「悪いですか」

「悪くないわよ~ぉ。善ちゃんのお固い所、だぁ~いスキ☆」

「はいはい……」

「え~、もっと真面目に私の気持ち、受け取ってよぉ」

「いりません」

「え~っ」


どうも、このやり取りに慣れているように見える。


「あ、善ちゃん。お茶淹れてくれなぁい?」

「嫌ですよ。お茶席まで用意しないと文句を言うでしょう」

「やだぁ。善ちゃん、分かってるぅ」

「「……」」

「……これがなければ……」


ぽつりと呟いた善治の言葉は、重い溜め息と共に出たのだった。


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読んでくださりありがとうございます◎


上司も変わった方です。

ではまた明日!

よろしくお願いします◎

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