第003話 異世界にようこそ?

光に呑まれるなんて表現を文字や言葉で知っていても、それを実体験した人はこの世にどれだけいるのだろう。


宗徳は今この時、その経験をする事になった。光で目が焼けるかと思った。眩し過ぎて反射的に閉じたはずの目。しかし、瞼が下りてもその光は遮る事が出来ない。


否、赤く黒く塗り潰されていく。光が強過ぎるのだ。


無意識に手は上がったが、顔の前に来てはいないように思えた。そして、光が体に当たる感覚。光に触れられる。光量を、熱を感じる。そんな不思議な体験は、実際はそれほど長く続かなかった。


だが、宗徳には長い時間、そこに晒され続けていたように体感していた。


白い光は、まだ残像となって残っているのだ。いつそれが消えたのか分からなかった。そのせいで長く感じられたのだと言えなくもない。


ゆっくりと慎重に、瞼を押し上げる。目の前の景色が認識できるようになるまでの時間は長かった。


白い残像が、景色を塗りつぶしていたからだ。ようやく慣れたと辺りを見回す。


「……外?」


部屋の中にいたはずだと思い出した宗徳は、目の前にいるはずの男を探す。


すると、勉強机よりも大きな石の上に男が片足を立てて座っているのを見つけた。


真っ直ぐに男を見て、宗徳は一番の疑問を投げかけた。


「どこなんだ、ここは」


周りは密林と呼べるもの。しかし、日本にはない類いのものだ。行ったことはないが、きっと暖かい赤道辺りの環境だろうと思えた。


そんな質問に、男は木々へ目を向け、木の間から覗く白っぽい空を見上げてから答えた。


「ここは、地球ではない。異世界の森の中だ」

「……」

「まぁ、すぐには信じられないだろう。ついて来い」


どう反応したら良かったのか。男についていきながら『異世界』という言葉に慣れる日は来るんだろうかと苦笑する。


足下に茂る草の感触。緑の濃い匂い。感覚に触れるのは、全て知っているものだ。


「どこまで行くんだ?」


思わず聞いてしまったのは、男が無言で獣道へ入っていくからだ。まだ実感はないが、ここは異世界。そんな知らない場所の獣道というのは不安があった。


「この辺りを縄張りにする魔獣がいる。そいつは三ヶ月ほど前から、村に下りて人を襲うようになった」

「三ヶ月前? そんなのを、随分と長く放っておくもんだな」


人を襲うなんて、そこが国の端っこだったとしても、ひと月もあれば噂は広がるのではないかと思う。


それなのに三ヶ月。ひと月の内に一、二度といった頻度ならばそんなこともあるかと納得しかける。しかし、男は続けた。


「そうだな。こいつに私兵団一つと、村を四つ食われた。もう一刻の猶予もないのだが、この辺りを治める領主が愚図な男でな。いつまで経っても退治の依頼をこちらに下ろさないのだ」

「それは、依頼がなけりゃやっちゃいけないものなのか?」

「構わんが、場所が悪い場合、領に損害を与えたと難癖を付けられた上に報酬も出ない。その上に命の危険の高い状況に挑もうとする覚悟がある者がいないだけだ」


町中で出くわした場合、間違いなく町の建物などに損害が出る。運が悪ければ、町人も巻き込む事もあるだろう。


「自己防衛はどうなんだ?」

「そうだとしても、戦ったという事実がもうダメなのだ。自分の利益の為に戦ったのだと言われるからな。損害は全て請求される」

「……意地が悪いな……」


そんな話をしながらではあったが、かなりの距離を歩いたように思う。いつもならば、これだけ歩けば息が上がってくる。


老いるというのは怖いものだ。昨日までは平気でも今日はダメだという事だってある。


道を横断するのでも、行けると思う感覚と、体の動きとのズレは大きい。走っているつもりでも進んでいない。そんな認識と現実との違いは、悔しいがどうしようもない。


そんなズレに慣れてきた宗徳だからこそ、いつもとは違う事が妙に感じられた。


「……おかしいな……んん?」


そうして、気付いた。いつもよりも上がる足。丈の長い草を問題なく踏みしめていける。足の動きもスムーズなように思う。


そこで自分の手が目に入った。そう、自分の手のはずだ。それなのに、血管と骨が浮き出た皮の厚い手はどこへ行ったのか。


健康的な大きな手。その手を顔へ持っていく。張りが良い。刻まれた皺があるはずの場所はピンと伸びているのだろう。手触りが明らかに違う。


「な、なんだっ?」

「まさか、今気付いたのか? 見てみろ」


男は少しだけ振り向いて片手を宗徳へ向ける。すると、目の前に鏡のような何かが現れた。ペラペラの鏡の紙のように見えるが、それが浮いているのだ。


だが、宗徳はそれに驚くよりも、そこに映る若い頃の自分の姿に驚いていた。


「なっ、なっ、はぁっ!?」

「あまり大きな声を出すな。老人のままでは動き難いだろう。私も、そんな鬼畜ではないつもりだ。お前が最も肉体的、精神的に良い状態であった頃の姿になっただけだ」

「いや、だけってっ」


間違いない。目の前で驚いているのも、顔に触れて確かめているのも、叫ぶように言っているのも自分だ。


「危険な異世界では、命を賭けなくてはならない。若返るのはその報酬の一つだ。ブラック企業ではないからな」

「……」


言っている事は正しいのだが、妙すぎる。現実離れし過ぎているのだから仕方がない。


「こちらで仕事をする時は、その姿になる。長くここで過ごし、動き回れば肉体が活性化され、地球での体も若返っていく事になる……というのは、まだ説明していなかったな」

「……マジかよ……」


もう異世界が信じられないとか言っている場合ではない。


「さて、そろそろお出ましだな」

「はぁ?」


盛大に顔を顰めると、目の前にあった鏡らしきものが霧のように消えた。そして、ガサガサと木が大きく揺れる音が近付いてきた。


「突風か?」


一気に近付いてくる。メキメキと木をなぎ倒していく音のようにも聞こえた。そして、音の聞こえて来る方へ顔を向けると、高い木と変わらない大きさの何かが現れた。


「っ……ダ……ダ~、ダ?」


その大きさは違い過ぎるが、見た事のある姿だ。しかし、毎度の事だがその名前が出てこない。


そして、男が言い当てる。


「ダックスフントだな」

「そうっ、それだっ!! 胴長な奴っ……俺らが小せえのか?」


そうか、ミクロな世界というのを何かで見た事があるぞと思う。見た事があるならば納得できる。だが、そうではない。


「姿は変わるが、小さくはなれん。見たまま、あれが大きいのだ。そして、凶暴だから気をつけろ」

「……見せてくれただけだよな?」

「いいや。触れ合う為だ」

「触りたくねぇ!!」

《グルルルルっ……!》


見た事のある大きさならば、その唸り声もそう怖くはない。寧ろ可愛らしいと感じるだろう。しかし、地響きを感じるくらいの空気を振動させる唸り声。


獣臭い息。ヨダレでぬめる牙。


明らかな怒りの声は、触れ合うなど絶対に無理だと思わせる。


「目を逸らすなよ? 襲ってくるぞ」

「わぁってるよ!」


死なないように、気を引き締めるしかなかった。


**********

読んでくださりありがとうございます◎


最初からスパルタです。

試験のはずですけどね。

では次話どうぞ!

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