第004話 思い出の中で笑う人
大きいと言っても、ソレの足は短足だ。これが芝犬なら、もっと高い位置に頭があるだろう。しかし、近いからこそ、その顔のアップはいただけない。
「アレやっぱ犬種違ぇだろ! もっとゆるめのはずだろ! 俺の知ってるダックっ……んっ、ダックスはよく聞く『ゆるキャラ』系ってヤツだろ!?」
「混乱し過ぎだ。大体、ここは異世界だぞ? 同じに見えて違う存在など五万といる。ほら、大声を出すから気付かれた」
「へ?」
《グルルラウッ!!》
地に響くような唸り声と爆発音並みの吠え声。揶揄ではなく、風が吹き付ける程の声量を普通聞く事などないだろう。いや、あの世界ではと、ここは言うべきなのかもしれない。
「来るぞ」
「って、どうすんだよっ」
「どうするかを見るテストだ。心配するな。多少怪我をしても治してやる。万が一にも死ぬ事はない」
「はぁっ!?」
それはどういう事だ。死にかけても治してやるという事なのか、死にかけたら止めてやるという事なのか。同時に、どうこの状況を乗り切るかと考える。
どうも究極的に危機を感じている時、人は凄い速さで思考する事ができるようだ。
「ど、どうするっ、あ~、頭がビリビリするぜ。いっつもこんくらい頭が動いてくれりゃぁなぁ……」
犬には狩猟本能がある。いくら大きくても、犬らしきものであるのは確かだろう。ならば、急に動くのはご法度だ。背を向けて走るなんて自殺行為でしかない。
ただでさえ大きいのだ。いくら短足でもすぐに追いつかれる。
「逃げんのはダメ……だからって、このまま睨み合うのもなぁ……っとくれば、向かうしかないってぇの!」
そう言って宗徳は犬に向かって走り出す。そこで気付いた。
「あれ……こんな速く走れたっけか?」
体がとにかく軽い。そして、蹴り出す力は今までに感じた事がないほど力強い。
これが二十頃の体だとしても、これほど身体能力は高くなかったはずだ。
加速する力を感じる。風圧さえ斬り捨てるように、体は前へ前へと進んでいく。そして、地面を蹴る足を意識すれば、高く飛び上がった。
「うおっ!」
これは想定していなかった。急に自分の身長近くまで飛び上がってしまったのだ。驚かないはずがない。
宗徳の今の身長は百九十に近いだろう。見たこともない景色が見られた。それで一気にテンションが上がった。
「うぉっしゃぁぁぁ!!」
腹から声を出したのは何十年振りだろうか。本来の姿ならば、それをしたとしても、振動する喉が耐えきれず、咳き込んでしまう。
変化が嬉しい。だから、その勢いのまま近付くと、その頭に届けと気合いを入れてグッと利き足を踏み込む。そして、思いっきり飛び上がった。
しかし、そこで木の枝一つ持っていない事に気付く。だが、もう飛び上がっているのだ。ならばこのまま行くしかないと頭を回転させ、若い頃に寿子に教えられた対処法を実践する事にした。
「うりゃぁぁぁっ! これでもくらえっ!!」
気合いを額の少し上辺りに入れ直す。そして、そのまま頭突きを食らわせた。
《グッ……!》
「お?」
それほど痛みがなかった。だが、その巨体が傾くくらいの衝撃を与えられたらしい。着地した時には、完全に目を回して犬らしきものは横倒しになっていた。
地響きを立てながらその巨体が倒れる。そこにあった木をなぎ倒し、浅い息をしていた。
「マジ? こんなんで? ははっ、儲けたなっ」
「……なんて奴だ……頭突きだと?」
見守っていた男が、あっさりとした結末に呆れていた。
「もう少し何かあっただろう。その拳や足はどうした」
「あん? ああ……そういやぁ、手も足も使えんだった」
「お前な……」
宗徳自身、なんで頭突き一択だったのかと不思議だ。かつて寿子に言われたのだ。
『実践で頭突きがくるなんて、相手は先ず考えないわ。だから、これはとっておきの技よ』
今までの人生、そんな状況はなかった。試合という形があったとしても、普通に生活していれば、頭突きが必要になるような戦いなど日常に出会えるものではない。
人を殴るなんて本気で出来るわけもないのだ。そんな日常で、頭突きを使う機会など来はしない。幸いにもと言うべきなのだろうが、男としては戦える状況に憧れる時期もある。
だから、今だと思った。
ここでこそ、実践するべきだと思ったのだ。それも『頭突き』を。
「まぁ、倒せたから良いじゃねぇか。あ、テストだったか。それなら、もっと色々見せんと……」
きっと男はアレと戦う過程を見て、採用を決めようとしていたのだろう。しかし、実際掛かった時間は一分ほど。やった事といえば三つ。
①走る
②ジャンプしてみる
③頭突きする
これだけ。これでは判断できないなと落ち込んでいると、男は呆れたなと、改めてため息をつきながら宗徳を見て言った。
「心配ない。合格だ」
「本当かっ!?」
子どものように喜ぶと、男が笑う。
「くくっ。まったく、たった一発でアレを倒してしまうとはな。それも頭突きっ、くくっ……」
「そ、そんなに笑うこったぁねぇだろ……」
腹を抱え出しそうなほど笑う男に、宗徳は気まずげにそっぽを向く。
この頃になって、やっと試験官だからという理由だけで、この三十頃の男に年上に対するように自分が接していることに気付く。
「ふっ、こんなに笑ったのは何十年年振りか」
「はぁ? 何言ってやがる。俺の息子より若いだろ」
「いや、生まれてからならば、今年で……百五十……か? ああ、そんなもんだな」
「……んん? 五十? 聞き間違いか? 耳は若返ってねぇな」
聞き間違いだよなと思っていれば、男が改めて言う。
「百と五十だ。多分な。違っても前後二年だ」
「……え~っと……」
思考が停止してきたという事は、そろそろ時間切れかなんかで元の歳に戻ってきたのかと別の方で考える。
そして、男は続けた。ついでに子どもにするように宗徳の頭を撫でる。その体温が懐かしいと思ったのは気のせいではなかったらしい。
「まだ分からんのか?
「……」
何を言ってるんだと言おうとしても口が動かなかった。その手の温かさを知っている。その撫で方は、幼い頃に焼き付いた思い出と同じ。
この人にこうして褒められたくて、もっと、もっとと竹刀を振り、拳を握った。
だが、見れば見るほど思い出される。道場に飾ってあった昔の写真。まだ若い頃のその写真を見て、兄弟弟子達と言ったものだ。
『カッコイイよな。俺も、もっと強くなったら、あんな感じになれっかなぁ』
『ばぁ~か。素材が違ぇって』
『あ、言いやがったな、ノリ。ふんっ、お前なんてそんな顔じゃぁ、みっともなくて幸田さんの隣に並べねぇぜ?』
『何だとっ、見てろよっ。善じぃみたいな良い男になってやるっ』
信じられない思いと共に、モノクロではないその姿を見つめる。そして、思わず呟いた。
「……善じぃ……?」
「何度も言ったぞ。師匠と呼べ、バカ者」
「ははっ……」
とっくに亡くなったはずの武道の師匠が、あの頃と良く似た笑みを見てせていたのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
師匠は幾つになっても師匠です。
ではまた明日!
よろしくお願いします◎
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