Seventh:

 さいきん眠たいというか、倦怠感が常時つづく。熱もないし、風邪ではない。もうすぐ翔ちゃんたちとの旅行があるのに。


「大丈夫? ぼーっとしてるけど」


 隣りで勢いよくタイピングしていた秀が手を止めてこちらを向いた。


「なんか翔ちゃんのコーヒーのみたい気分」

「あ、そう」


 心配して損したとばかりにカタカタとキーボードを鳴らし始める。


「今日寄ってもいい?」

「毎日来てるでしょ」

「帰り道帰り道」

「あなたの方が駅手前でしょうに」




「きょうも翔ちゃんのコーヒー美味しいなぁ」


 そしてきょうも距離を取られる。もしかして私ってにおう? 毎日のように会っているのにいまだに心の距離は縮まらない。


「今度の旅行ってどこいくの? ていうかいくら用意しとけばいいの」

「房総の方にでも行こうかなと思ってるわ。レンタカー借りておくからそれで。お金は後日精算でいいから」

「房総ってことは海!?」


 海……水着姿の翔ちゃん。ビキニ着てくれるのかなぁ。……だめだ、想像の中でも長袖をはおっている。


「泳がないからね、私たちは。真緒が泳ぎたいならどうぞ」

「せっかく海行くなら入ろうよ」

「焼けるの嫌だもの」


 真っ白な肌だもんなぁ。私はすでに小麦色に焼けている。部活をしていた時に比べれば白くなったものだ。


「まず秀って泳げる?」

「……」


 どうやら仕事ではかんぺきちょーじんの同僚にも弱点はあるらしい。


「人間は陸の上で生活するものでしょ」

「浮き輪もってく?」

「だから海には入らないから!」

「ちぇー。一人で泳いでても仕方ないから、私も今回は我慢しようかな」


 もう翔ちゃんと出かけられる上に、買ってきた服を着てもらえるんだから贅沢は言わない。


「でもお魚とか美味しいものはたくさんありそうだよね。翔ちゃん食べたいものある?」

「おねえちゃんのごはんのほうがいい」


 ここにおじゃまするようになってから一度も秀の料理なんて食べたことないけど? 料理できるのかな。


「今料理できるのかなとか思ってるでしょ」

「えっ、なんでわかったの?」

「顔に書いてあるわ」


 おでこを小突かれる。


「私、料理は得意なの」


 そして鼻をつままれた。


「当日はここに来てね。時間は……九時くらいで」

「うん。わかった」


 なんだろう。この背筋が急速冷凍されたみたいなかんじは。




 こうこうせいになったおねえちゃんはあるばいとをたくさんはじめた。そしてこうこうをそつぎょうしたひ、わたしのてをひいておじさんたちのいえからつれだしてくれた。


 わたしがもってきたのはらんどせるとそのなかみくらい。


 みんなわたしたちをひきとることをいやがっていたから、ふたりぐらしをとめるひとはいなかったらしい。


「わたしもこうこうせいになったらはたらく」


「翔はいいよ。だから私が帰ってきた時にちゃんとお家にいて」

「でも」

「いいから」


 てにこめるちからがつよくなる。


「いる。がっこうもすぐかえる」


 だいがくせいのじゅぎょういがいはつねにはたらいていたおねえちゃん。でもたまにあいたじかんがあって、わたしより先にかえってくることもあった。


「家にいてって言ったでしょ」


 くびをしめられたときのぞくぞくしたかんじ。おかしいのかもしれないけどわたしはすきで、しはいされているのをかんじられてしあわせだ。


 おねえちゃんもこのころにはかんじていたみたいで、ないてあやまることはなくなった。でもさいごはかならずやさしくしてくれて、やさしくだいてくれる。


「おねえちゃん」


 いっしょにいられるじかんはかぎられていたから、おねえちゃんがいるときはずっとあまえていた。だからこうこうもつうしんせいにしてもらった。べんきょうはきらいじゃない。でもべんきょうをするりゆうはひまつぶし。かいしゃでおねえちゃんがはたらいているあいだにするだけ。


「ただいま」


 おねえちゃんがかえってきた。ろうかでまっていたじかんもいとしいくらい。ぎゅってしてもらって、したごしらえしたごはんをかんせいさせて、いっしょにたべて。おふろはさきかあとかわかんないけどいっしょにはいる。


 ねるときもいっしょ。おねえちゃんがわたしをほっしてくれて……。それだけでいいのに。


 わたしがあのひあけちゃったから。


 ごめんなさい。わたしがぜんぶいけない。ごめんなさい。


 おねえちゃん、ゆるして。きらいにならないで。

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