Forth:
「翔ちゃん、またね〜。今度は何食べたい? 和菓子は好き?」
「なんで次も来る予定でいるのよ」
押し出される形で玄関の外に出ると、秀が閉めるドアの隙間から微かに翔ちゃんの手が横に振れた。
「見た!? 翔ちゃんが手振ってくれたよ!」
「ほら、駅まで送って行くから」
「そうまでして追い出したい?」
口を尖らせながらスマホで電車の時間を調べる。
「秀と翔ちゃん、ほんと仲良いよねー」
「前も言ったけど、私たち親いないから」
「ちょっと過保護じゃない?」
まぁ過保護というかなんというか……。聞いてもいいものなのだろうか。でも知らないでこのまま関わるのも気持ち悪い……。
「二人って血繋がってる?」
「繋がってないように見えた?」
「やー耳の形似てた」
「なにそれ」
小さな声で「気持ち悪い」と言われる。
「じゃあその二人は……付き合ってるの?」
聞いてしまった。しょうがないじゃん。トイレ行こうと思ったら、ね。漏れ聞こえるものがあったんだから。現在絶賛寝不足ですよ。
「変なこと聞いてごめん。私耳がいいんだよね。あ、形じゃないよ? 聞こえるって方ね」
あまり真剣な話にはしたくなくて、わざと明るく振る舞ってみたけど秀の顔は怖い。
「誰にも言わないから! 恋愛なんてそれぞれの形だしね。最近は同性カップルも多いみたいだし、なんなら私も女の子歓迎だし」
私から目を一度逸らして、溜息をついてからこちらを向いた。ヒール分いつもより低い位置からの視線が痛い。
「私たち姉妹を表すなら、世間一般で言う恋人という形が一番近いかもしれないわね。確かに私は翔のことが好きだもの」
「おぉ……まじか……。聞いといてあれだけどなんかあれだね」
「気使わなくていいから、もう翔にも私にも関わらない方がいいわよ。あくまで同僚。それでいいでしょ?」
この時の私の回答は人として間違いではなかったと思うけど、言うことを聞くべきなのはきっとここが最後だったんだ。
「気は使わないよ。でもせっかく知り合ったんだから仲良くしたいな。秀とも。翔ちゃんとも」
今日はとてもいい天気で、ちょうど太陽を背にすると表情が読み取れなくなる。
「そうね。せっかくだから仲良くしましょうか」
「しよしよ! また遊びに行くよ!」
「ただいま」
今日も玄関の前で私の帰りを待っていた妹。いつも通り「おかえりなさい」と言われただけなのに、
「何で?」
翔の軽い身体が廊下に飛ぶ。
「声抑えてって言ったじゃない」
やっぱり会ってしまったのが間違いだった。やっと、やっとこの場所を手に入れたのに。何であの時、約束を破ってドアを開けてしまったのか。私も一般的な振る舞いなんてしないで、スマホを受け取ったらすぐに帰ればよかった。
「どうしよう」
段々と指が痛くなってきて我に返る。でも下にいる少女の怯えるような、乞うような表情は愛らしい。
「おねえちゃん」
空咳を繰り返してから、温かい手が私の痺れる手をそっと掴んだ。
「だいじょうぶだよ」
手をそのまま下に引かれ、身体ごと倒れ込む。
「わたしはどこにもいかないよ」
大人一人分の体重を丸々と受け止めたまま、
「おねえちゃんのことだいすきだから」
「うん。私も翔のこと好き」
まだ青くなっていない肌を撫でる。
「また近いうちに真緒がくると思うけど、我慢してね」
「うん」
「翔は本当にいい子ね」
強めに抱き締めるとさすがに痛かったのかうめき声が漏れた。
「どこが痛いの? ここ?」
「っ……すこしいたいだけ」
「ここも?」
そんな可愛い声で鳴かないで。廊下なんだから風邪をひいてしまう。
「ベッド行こう。立てる? 抱っこの方がいい?」
「だっこがいい」
首に手を回されるが、二人共寝転がったままでは一向に起きることができない。
「翔」
もういいか。このままでも。
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