Third:

「何でそんなに荷物多いのかしら」


 駅まで迎えに来てくれた同僚が、まだ五メートル以上離れているのにも関わらず怪訝そうな表情を浮かべて立ち止まった。


「翔ちゃんへのお土産と、あとはお泊り道具」

「泊まるの?」

「そりゃあね、自宅接待夕方から約束したらお泊りでしょう!」

「どこの常識なのそれ」

「えーだめー? 明日には帰るよー」

「明日にも帰らなかったら叩き出すわよ。まぁいいけど……うちって客用布団ないからリビングのソファーになるわよ?」

「全然ヘーキ! 私ってどこでも眠れるのが特技だから!」

「じゃあベランダで」

「せめて中! 室内がいい!」


 駅から近いおかげもあって、呆れた秀の顔を適当に眺めている内に先週来たばかりのマンションに到着した。


「今日も翔ちゃん可愛い!」


 抱きつこうとして秀に服を掴まれる。


「せっかく可愛いのに何で今日もジャージ?」


 しかも大きさ合ってないからぶかぶか。


「そっか。それが逆にいいのか」

「意味わかんないこと言ってないで中に入ってちょうだい」


 私の服の裾を掴んだのは秀なのに理不尽だ。


「ぁの……」


 リビングに招かれる――押し込められると、翔ちゃんがおずおずと手を伸ばしてきた。


「うわぎ……かけときます……」

「いいの? ありがとー」


 脱いだジャケットを渡すと、すぐに私から離れて行ってしまった。悲しい。


「この前来た時忘れてたけど、私の名前西口真緒ね。真緒って呼んで」


 握手を求めるものの拒否。


「私って昔から動物に好かれないんだよね……」

「人の妹をペットみたいに……」

「おねえちゃん」

「気にしないで翔は支度して。真緒はその間にお風呂入ってきて」

「秀のとこはご飯前派かー」

「そういうことだから。場所はそこね」


 わざわざ扉の前まで行って案内してくれる。


「翔ちゃんも一緒に入ろうよー」

「私たちはもう済ませてるの」

「えっ!はや!」

「ってことで行ってらっしゃい。お風呂入らない子は本当にベランダで寝かせるわよ」

「横暴だー」


 ひとまず要冷蔵のお土産を渡してから、洗濯したてのようなふわふわのバスタオルを受け取る。


「私の分もあるから先に食べないでね!」

「はいはい」




 食後用にと買ってきたのは雑誌でも紹介されている有名洋菓子店のケーキとクッキーだ。きっと女子高校生なら好きなはず。私は当時ハンバーガーとかばかりだったけど。


「好きなの選んでいいよ。どれがいい?」


 箱の中身を翔ちゃんに見えるように少しだけ傾ける。

 定番のショートケーキと人気ナンバーワンのチーズケーキ。最近取り上げられていたモンブラン。私はどれでもいい。むしろどれも食べたい。


「……」


 悩んでいる素振りはないが箱の中身を見て、不思議そうに姉の顔を見る。


「翔が選んでいいって」

「おねえちゃんは?」

「私はどれでもいいよ。それじゃあ翔はモンブランもらう?」


 姉の言葉にゆっくり頷いた。


「秀は?」

「買ってきてくれたんだし、真緒が選んで」

「じゃあチーズケーキにしよっと」


「紅茶でいい? コーヒー?」

「紅茶!」


 秀が席を立ち、私は皿の上にケーキを移して行く。


「はい、翔ちゃん」

「ありがとう、ございます」


 自分の意志で決めていないわりには声色が嬉しそうだ。よかった。


「翔ちゃんは甘いもの好き?」

「……あまりたべないのでわかんないです」

「ダイエット? 駄目だよ、若い時に無理しちゃ」

「……」


「まぁそんだけ痩せてたらダイエットなんていらないよね。私なんて最近たるんできたからジムでも行こうかと思ってるんだ」

「じむ?」

「そうそう。でも翔ちゃんは体育もあるし、部活もあるもんね。翔ちゃんなんの部活入ってるの?」

「はいって、ないです……」

「帰宅部?」

「翔は身体があまり強くないから定時制の学校じゃなくて通信制のところなの」


 ちょっと熱過ぎでは?と思えるくらい湯気の立った紅茶が差し出される。大体のものを熱解しそう……。


「砂糖とミルクは?」

「じゃあ……ミルクを……」


 少しでも覚まさないと舌がなくなる。完璧そうに見えて姉にも不得意なことはあるらしい。心底妹の方に淹れてもらいたかった。


「はい。翔には少しぬるめのね」


――私もそっちがよかったー!


「じゃあいただきましょう。真緒ありがと」

「いえいえ全然! 食べて食べて。あっあと、一口ずつ交換して」

「はい」


 モンブランとショートケーキが前に押し出された。

 そして、秀の手が一度伸びてきてチーズケーキを一口持って行った後、自然な動きで同じことが繰り返される。


「え、なぜ二回」

「翔にあげるから」


 小さく「口を開けて」と告げ、自分のフォークで妹の口内にチーズケーキを突っ込んだ。


「ヨーグルトのあじ……」


 シェフにそんな感想言ったら悲しむだろうと思いつつも、確かにクッ○パッドではヨーグルトを使用したチーズケーキのレシピがたくさんあることを思い出した。


「ショートケーキ食べるでしょ?」

「たべる」


 私だけ虚しく一人自分のフォークを突き立てているだけ。疎外感。


「二人共仲良過ぎじゃない? 私も弟いるけどケーキとか奪い合いだよ」

「うちは同性だし、年離れてるから」

「そうゆうもんかなぁ」


 友達の中には年の離れた姉妹がいる人もいたけど……。自分の分のケーキも妹に分け与える姉。姉に言われたままにケーキをつまんでいく妹。特別変なところもないが、不思議な感じ――違和感を拭えない。


 家族なんてそれぞれだし、両親を亡くしているのなら姉妹の絆は強固になるものかもしれない。私は深く考えるのをやめ、目の前のケーキを食すことにした。




 客人には使っていない掛け布団とリビングのソファーを貸し与え、私と翔はいつも通り寝室のダブルベッドに二人で横になる。


「おねえちゃん……?」


 ただ抱きしめられた翔は不安げに胸の中から見上げてくる。暗がりでも分かる表情。


「きょうはしないの?」

「真緒がいるでしょ」

「そっか」


 そんな表情をする翔が悪い。

 一度下げた顔を無理矢理向かせ、小さな口を塞ぐ。


「真緒がいるんだから絶対に声を出しちゃだめよ」


 やっぱり下着があると邪魔くさい。でも自分のではないホックを外すのは久しぶりな気がして、少し高揚感がある。


 声を我慢するためか必死に私の腕を噛むのも、左頬だけ濡れているのも、無意識に立てられる爪も全てが愛しい。


「いい子ね、翔は」

「ほんとー?」


 不格好に着せ直された服から顔を出して不安そうに見つめてくる。さすがに来客時に二回もするのはまずい。


「本当よ」


 くしゃくしゃと頭を撫でると満足そうに笑う。可愛い。この笑顔も私にだけ向けられればいいものなんだ。


「今日はもう寝ましょうね。翔も疲れたでしょう」


 頷いてから私に包まれるように丸くなってくっついてきた。


「おねえちゃん、おやすみなさい」

「おやすみ」


 背中をゆっくり擦る。微かな熱。


――このままもう一度……。


 擦る手を移動させようとして、トイレの流水音で我に返った。


――私は……翔を守らなきゃ。

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