8 一瞬

「シア……?」

「ここはクロム様が目指してきた場所の終着点。なのに、なんの役にも立てないなんて嫌! あたしは、あなたに受けた恩をまだ何も返せていない! それに何よりも──あなたへの想いを貫きたいんです!」


 叫んで、剣を突き出すシア。

 その一撃は──今までのどの刺突よりも鋭かった。


「くっ……!?」


 驚いたように後退するファラ。

 シアの斬撃が、ファラの頬をかすめ、傷をつけた。


「あ、あたしの顔に傷を……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 怒りの絶叫を上げるファラ。


「美しいあたしの顔を! お前ごときがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……傷がなんだっていうの! あなたこそ、クロム様を裏切り、心に癒えない傷を負わせた! 体だって──あんなに衰えさせて……!」

「他人がどうなろうと知ったことじゃない! あたしは、あたしさえよければそれでいい! 当たり前だろうがぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 シアの糾弾は女剣士の怒りに火を着けただけだ。


「許さない! お前の顔もズタズタに切り裂いてやる!」


 悪鬼の表情を浮かべて、今まで以上に激しい斬撃を繰り出してきた。


「ぐううっ、ああぁ、あぐ、ううぅっ……」


 斬られ、突かれ、血まみれになっていくシア。


「シア、もういい。十分だ!」


 俺は絶叫した。


「お前を失いたくない! だから逃げてくれ!」


 唇をかみしめる。


「頼む……!」


 懇願だった。


 一瞬の沈黙が流れる。


「……分かり、ました」


 ようやくシアも納得してくれたようだ。

 眼前に迫るファラの斬撃をサイドステップで避け、


「スキル【加速】」

「遅い──スキル【加速】」


 黒いブーツから輝く粒子を噴出して遠ざかるシアに、同じく【加速】したファラがあっさりと追いついた。


「そんな!? 同じスキルを!?」

「言ったでしょ、ユーノ様のおかげで強くなったって! あたしも【加速】スキルを授かったのよ! そら、お前の顔にも傷を刻んでやるぅぅぅぅぅぅっ! それから殺す! 殺す殺す殺すぅぅぅぅ!」


 ファラの剣がシアに迫る──。


「させるか!」


 俺の意思に呼応して、黒い鱗粉がさらにあふれた。

【闇】が膨れ上がる感覚があった。


 やれるか、この術を──?


 俺は自問する。


 理論上は可能だ。

 だが、今だ完全に【闇】をコントロールできていない俺にとって、これは賭けだった。


 いや、迷っている暇はない。


 迷っていたら、シアが殺される!


「行け──」


 本来は全方位に効果を発揮する【固定ダメージ】を前面のみに集中。


 範囲を絞る代わりに──射程距離を伸ばす。


「えっ……!?」


 ファラが呆然とした表情を浮かべた。


 黒い鱗粉が彼女の剣と腕に触れ──、


「ぐぎゃぁっ!?」


 剣を破壊し、両腕を漆黒に変色させた。




※ ※ ※ ※ ※


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