17 解放の鍵1

「あ、あれっ? あたし──」


 ヴィオレッタが戸惑った様子で周囲を見回した。

 さすがに彼女も勇者だけのことはある。

 マルゴが施した術を自力で打ち破ったんだろう。


「ちっ、術が解けたか」


 マルゴが舌打ちした。


「うう、目の前がクラクラする~」


 ヴィオレッタは足元がふらついている。

 さすがに完全回復とはいかないようだ。


「ヴィオレッタ様!」


 騎士団が叫んで駆け寄ってくる。

 いずれもヴィオレッタを気遣い、俺たちに対しては強烈な敵意を向けていた。


 まあ、いかにも悪役然とした雰囲気をまとっているからな、俺は。

 正義の勇者や英雄に刃向う、闇の眷属──くらいに思われているかもしれない。


「君たちはヴィオレッタを頼む」


 マルゴが騎士団に命じた。


「ダメージを受けているようだから、介抱してやってくれ」

「で、ですが、マルゴ様は?」

「私は彼らを討つ」

「では、我らも──」

「いや、彼らは手ごわい。私とて全力を出す必要がある。そうなると──生半可な者では巻き添えを食うだろう」

「マルゴ様……」

「すまない。ここは私一人に任せてくれないか」


 マルゴが真摯な口調で告げる。


 なるほど、邪魔を入れずに決着をつけたいということか。

 望むところだ。




 騎士たちはマルゴの説得に応じ、まだふらついているヴィオレッタを連れて、丘のふもとへと降りていった。

 場に残されたのは、俺やシア、ユリンとマルゴのみ。


 騎士たちの一部が丘のふもとから、俺たちを見上げている。

 戦いを見守り、いざとなればマルゴを助けに入る構えか。


 まあ、そのほうが俺も都合がいい。

『ここから先の展開』には、な。


「勇者と敵対しているということは、やっぱりお前は魔族側なんだな」

「……何を言っているのか、さっぱり分からんな」

「英雄騎士様も堕ちたものだ」

「言いがかりはよしてもらおうか! 私は常に正義と平和のために戦っている!」


 マルゴが傲然と叫んだ。


「白々しい」


 二年前、俺をあんな目にあわせた勇者パーティの一味が、いまさら正義だの平和だの──。


「反吐が出る」

「お前こそ【闇】の力を操り、魔族に与する者ではないのか? ならば、このマルゴ・ラスケーダが全身全霊、正義の剣を持って打ち砕いてくれよう」


 芝居がかった口調で告げるマルゴ。


 自分自身に酔っているんだろう。


 英雄である自分に心の底から陶酔している──。

 いかにも、こいつらしい薄っぺらくて浅はかな自尊心だ。


「周りに誰もいないのに、必死のアピールか」


 俺は鼻を鳴らした。


「【混沌なる破閃の槍グングニール】!」


 マルゴが剣を掲げて叫ぶ。


 剣の切っ先から、金と黒に彩られた槍が飛び出した。

 マイカが操ったのと同じ【混沌】の攻撃術式だった。


 かつて、【固定ダメージ】の黒い鱗粉すら弾き散らした超威力の槍撃──。


 ばしゅっ……!


 だが、その一撃は俺の全身から噴き出す黒い鱗粉に触れると、粉々に砕け散った。


「馬鹿な!?」


 愕然とした声を上げながら、マルゴはさらに二本、三本と槍を放つ。


 結果は同じだった。

 いずれも俺の10メートル内に──スキルの射程に入ったとたん、黒い鱗粉によって【混沌】の槍は消滅する。


「どうした? お前の正義とやらは、その程度か?」


 俺は嘲笑を浮かべた。


「英雄として、魔の眷属である俺を討つんじゃなかったか?」

「お、おのれ……」


 マルゴの表情がこわばる。

 チラチラと騎士たちに視線をやっているところを見ると、かなり外聞が気になるんだろう。


 英雄として他者から崇められたい、称えられたい──。

 極論すれば、マルゴの行動原理はそれだけだ。


「なら、今度は俺の番だな」


 俺の全身から吹き上がる黒い鱗粉が濃度を増す。


「お前にとって一番大切な『英雄としての評価』を──」


 じゃらり。


 俺の右手から黒い鎖が垂れ下がる。


「今ここで、俺が打ち砕く」


 完膚なきまでに。

 それを持って、お前への復讐を完成させるとしよう。


「くっ……」


 気圧されたようにマルゴが後ずさった。

 刹那──。




 俺の眼前に黒い霧が広がった。




「これは……!?」


 数百メートル前方に巨大な門が出現する。

 その内部が黒紫色の光に満たされ、俺はその輝きに飲みこまれる──。




 気が付けば、俺は地平線まで広がる荒野に立っていた。


「まさか……ここは」

『ええ、もう一度入れたようですね、宿主様』


 俺のすぐ側に人影がいる。

 長く伸ばした黒髪に、艶めかしい白い肌。

 貴族令嬢を思わせる黒いドレスをまとった美女──。


『【闇】の世界──「黒の位相クリフォト」』に。



※ ※ ※


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