16 闇と英雄騎士2
ほどなくして、俺たちは目的の場所にたどり着いた。
小高い丘の上に、一人の騎士がたたずんでいる。
マルゴだ。
剣を抜いたマルゴは、それを丘の下に向かって振り下ろした。
黒と白の光が伸びていく。
その先には、魔族と戦う少女の姿があった。
竜と人の中間のような姿をした少女である。
「あいつは──」
噂で聞いたことがある。
竜属性の聖剣『イオ』の使い手。
その身を竜と化し、圧倒的な戦闘能力で魔族を薙ぎ払う勇者。
「ヴィオレッタ……か?」
直接の面識はないが、おそらく彼女がそうだろう
そのヴィオレッタが、マルゴの放った黒と白の輝きに包まれた。
「ううっ……」
地面に倒れ、そのまま寝息を立てて眠ってしまうヴィオレッタ。
「なんだ……!?」
マルゴは勇者と敵対しているのか?
やはり、奴は魔族軍に与しているのか──。
俺は奴のいる丘まで上がっていった。
左右にシアとユリンを携えて。
「クロム? なぜここに……!?」
驚いたようにこちらを向くマルゴ。
「なんだ? お楽しみのところを邪魔したか?」
俺は口の端を吊り上げ、さらに近づく。
と、
「ヴィオレッタ様、ご無事ですか!?」
「むっ、あなた様は──」
騎士の一団がやって来た。
全部で三十人ほどだ。
「英雄騎士マルゴ様……!?」
様子から察するにヴィオレッタの配下か仲間の騎士隊だろうか。
「騎士たちよ、聞け!」
マルゴが朗々とした口調で叫ぶ。
「彼らは魔族に与する【闇】の力を持つ者たちである! 勇者ヴィオレッタはその力によって倒れた!」
「いや、ヴィオレッタはお前が術で眠らせたんだろう」
俺は肩をすくめた。
まったく、口から出まかせがペラペラと出てくる奴だ。
「その力は強大無比! ゆえに、君たちは手出し無用!」
「【闇】の力を持つ者……!?」
騎士たちがざわめく。
案の定、俺の言葉など彼らは聞いていない。
マルゴの言葉を全面的に信頼している様子だ。
まあ、無理もないが……。
「そう、人間でありながら魔族に力を貸す『世界の敵』──断じて許すことはできん!」
マルゴが叫ぶ。
おおおおおおおっ、と騎士たちが盛り上がった。
「ゆえに、私が正義の剣にて打ち砕く! さあ、見るがいい。真の英雄の戦いを──」
「自分で自分を英雄と呼ぶのか。あいかわらずだな、マルゴ」
俺は失笑した。
「観念しろ、【闇】の者ども!」
マルゴが剣を手に歩み寄る。
ただし、十メートル内に入ろうとはせず、一定の距離を置いて立ち止まっていた。
どうやら俺のスキルの射程距離を知っているようだ。
「どうした、攻めてこないのか?」
試しに挑発してみる。
「……私は猪武者ではないぞ、クロム。君のスキルについては把握している」
マルゴがふんと鼻を鳴らした。
「射程圏内においては攻防ともに無敵──厄介なスキルだ」
「なら、どうする? さっさと降参するか?」
言いながら、俺は奴に向かって歩みを進める。
マルゴは無言で後退した。
やはりスキルの有効射程には入らないよう警戒しているんだろう。
身体能力では圧倒的に奴に分がある。
一気に距離を詰め、【固定ダメージ】を与える──というのは無理そうだ。
「クロム様、ここはあたしが」
シアが進言した。
「マルゴの足を止めます」
「いや、奴はまがりなりにも英雄騎士と呼ばれる男。その剣技は世界最高レベルだ。シアに【切断】のスキルがあるとはいえ、正面からの戦いではさすがに分が悪い」
俺はあらためてマルゴを見据える。
お互いに有効打を放てない。
膠着状態である。
と、そのときだった。
ばぢぃっ!
突然、視界の端で強烈なスパークが弾けた。
「ん……!?」
丘の下で倒れていたヴィオレッタが小さく声を上げ、上体を起こす。
「ふわ……」
戦場にはそぐわない、のんきなあくびだった。
※ ※ ※
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