10 勇者の資質
「ふん、ユーノの前にまずは君を相手に試してやろう」
マルゴが鼻を鳴らし、フルフェイスの兜を着けた。
仮面の奥から、ぎらついた双眸がハロルドを見据える。
濁った眼光だった。
「対勇者用の戦法を、な」
「勇者とは人を守り、邪悪を討ち払う者! 人々の希望のために戦う者! お前のような『邪悪』には絶対に負けん! 勇者の名にかけて──」
ハロルドが凛と叫んだ。
聖剣ガーレヴを正眼に構える。
刀身に緑色の魔力風が渦巻いた。
奇しくも、相手の得物も風の魔力を操る剣だ。
「風対風、か」
こちらは八双に構えたマルゴがつぶやいた。
「スキル発動──【
ハロルドが聖剣から数百単位の風の刃を放った。
「スキル発動──【
マルゴは自らの体に風をまとい、その勢いで大きく横に跳ぶ。
風の刃群から逃れたところで着地し、剣を振り上げた。
「スキル発動──【祝福の矢】」
掲げた刀身から羽毛の形をした光弾が放たれる。
「なっ!? これは聖剣のスキル──!?」
驚いて後退するハロルド。
彼の聖剣も同様のスキルを撃つことができる。
だからこそ分かった。
今、マルゴが撃ったのは、まぎれもなくそれと同質のスキル。
勇者にしか扱えない、聖剣のスキルだと──。
「違うな」
マルゴが首を振った。
「聖剣の、ではない。今のは【光】のスキル。私が『黒の祭壇』から授かった力だ」
告げて、地を蹴る英雄騎士。
速い──。
重い鎧をまとっているのが信じられないほどの速度。
勇者パーティに入る前から、猛者としてその名を知られていたマルゴの実力は、やはり伊達ではない。
繰り出された斬撃を、ハロルドはかろうじて受けた。
「重い……!」
すさまじい痺れが両腕に伝わる。
ハロルドは大きく跳び下がった。
純粋な剣士としての実力なら、相手の方が上だ。
たった一合で、ハロルドはそれを悟った。
勝機があるとすれば、勇者としての能力──すなわち聖剣の力なのだが、
「スキル発動──【祝福の矢】!」
ふたたび光弾群を放つマルゴ。
その数は優に百を超えている。
「さらに、スキル発動──【断ち切る風】!」
彼の持つ魔法武具『七十七式疾風雷王剣』からも巨大な真空の刃──カマイタチが飛んでくる。
「ちいっ」
ハロルドは【旋風刃】でそれらを迎撃した。
威力は、互角。
ぐごぉうっ!
爆光が視界いっぱいに広がる。
その向こうからマルゴが突進してきた。
ふたたび繰り出される斬撃を、ハロルドは受けずに避けた。
距離を取る。
が、そうなるとマルゴが【祝福の矢】や【断ち切る風】を次々に放ってくる。
迎撃すれば、その隙にマルゴが突進する。
「くそ……っ!」
ハロルドは舌打ちした。
接近戦では相手に分があり、距離を離してもすぐに詰められてしまう──。
防戦一方だった。
「いかに聖剣といえど、しょせんは初期状態。【
叫んで、斬撃を繰り出すマルゴ。
風をまとった一撃が、ハロルドの手から聖剣を弾き飛ばした。
「しまった──」
「私の勝ちだ」
マルゴは勝ち誇った。
「くくく、気分がいいぞ。勇者と称えられた男も、英雄騎士である私の敵ではない、というわけだ」
笑いながら、剣を振るマルゴ。
「きゃあっ!?」
風がうなり、イザベルとローザが拘束された。
そのままマルゴの元に引き寄せられる。
「彼女たちも私がいただくとしよう」
ハロルドに見せつけるように、二人を左右の腕で抱き寄せるマルゴ。
「い、嫌っ……」
二人は屈辱と嫌悪をあらわにした。
その光景に、頭の芯がカッと灼熱する。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ハロルドは絶叫した。
二人を、守る。
そのために、奴を倒す──。
ハロルドの意志が高まっていく。
どこまでも、猛々しく、昂ぶっていく。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
弾き飛ばされた聖剣が、自分の意志を持つかのように宙を滑り、ハロルドの手に戻った。
どくん、と聖剣全体が脈を打つ。
純白の輝きが周囲にあふれかえる。
「なんだと!?」
マルゴが驚きの声を上げた。
「聖剣の、この尋常ではない光は──まさか!」
「まさか、これは──」
戦いを見守っていたフランジュラスも愕然とした顔だ。
「聖剣が【
「アーク……だと」
つぶやくハロルド。
聞いたことがある。
世界で唯一、勇者ユーノだけが手にした聖剣の真の形態。
それに、彼の聖剣ガーレヴもたどり着こうとしている──?
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