8 黒の祭壇

 かつ、かつ、と足音を立て、石造りの廊下を進んでいく。

 俺たちは魔王ヴィルガロドムス──正確には、その残留思念──の案内の元、城の最深部へと向かっていた。


 いくつかの隠し扉を通り、おそらくはフランジュラスやラギオス辺りにしか知らされていないであろう秘密の通路をどこまでも進む。


 衰えた俺の足では、長い距離を歩くのも大変だ。

 シアが横から俺を支え、一緒に歩いてくれていた。


「心配か、シア?」


 俺は隣の彼女に声をかける。


「当然です。魔王の提案に乗るなんて」


 シアは険しい表情だ。


「……クロム様は不安に思わないのですか」


 逆隣では、ユリンが暗い表情で俺を見ていた。


「まあ、確かに当然か」


 俺は苦笑交じりにうなずいた。


 相手は魔王である。

 いくら本体ではなく、単なる残留思念とはいえ──世界を恐怖と混乱に陥れた魔族軍を総べる王。


 そんな相手と語らい、力を得るために交渉しようとしているのだ。


 だが、不思議なほど忌避感を覚えない。

 罪悪感も覚えない。


 なぜか親近感じみたものさえ覚えてしまう。

 自分でも不思議だった。


 もちろん、魔王の要求にとって罪もない人が苦しめられるようなことでもあれば、断固として拒絶する。

 相手が魔王だろうと、力のすべてを尽くして戦う。


 しかし、単なる取り引きで終わるなら──。


 いや、そもそも魔王なのだから、残留思念であろうと消し飛ばしてしまうべきなんだろうか。

 鎖で捕らえることはできなかったが、【固定ダメージ】を発動させれば、あるいは通用するかもしれない。


「何を迷っているんだ、俺は」


 決断したつもりで、それでも迷いが湧いてくる自分にいら立つ。


 ユーノがいるルーファス帝国までの道のりは遠い。


 たどり着くまでの間に、奴がもっと大きな力を得ているかもしれない。

 だから、備えておきたい。


 ユーノを確実に倒す。

 次にあいつと相対したとき、敗北するリスクを極小まで減らしたい。


 もっとも優先すべきは、そこだ。


 他のことは考えるな。

 復讐のことだけを考えろ。


 俺は自分に言い聞かせる。

 何度も、何度も言い聞かせる──。


「お前はどう思う、ラクシャサ?」


 俺はいったん姿を消したラクシャサに呼びかける。

 が、返答はなかった。


「ラクシャサ?」

『一般端末など不要であろう。必要な情報は余が代わりに教えてやる』


 と、魔王。


 さっきのやり取りからすると、ヴィルガロドムスも【闇】の端末らしい。

 しかもどうやら特別枠のような存在らしいが──。


 はっきりしたことは分からない。

 その辺もラクシャサに聞ければよかったが、彼女は答えるどころか、姿さえ現さない。


『着いたぞ』


 黒い髑髏が告げた。


 前方には四つの紋章が刻まれた扉があった。

 それぞれの紋章は、ハート、スペード、クローバー、ダイヤを意匠化したような形。


『【開門】』


 魔王が告げると、扉がゆっくり開いた。

 その向こうから淡い光があふれ出す。


『ようこそ、この城の最深部に』


 魔王が笑う。


 そこは広大なホールのような場所だった。


 壁に沿って等間隔に円柱状の水槽が並んでいる。

 薄緑色の培養液に満たされた内部には、異形のシルエットが見えた。


『あれの一つ一つに、汝らに討たれた魔族の死体が入っている』


 と、魔王。


『人間に対する怨念を──【闇】を吸い上げるために、な』

「【闇】を……?」


 よく見ると、水槽の一つ一つから長い管が伸びている。

 すべての管は、部屋の中央にあるものに接続されていた。


 俺はそちらに視線を向ける。


「なんだ、これは──」


 部屋の中央にそびえているのは、全高十メートルはありそうな巨大な祭壇だ。


 黒曜石を思わせる、漆黒の祭壇だった。


 どくっ……どくっ……!


 まるで生きているかのように、祭壇は不規則に脈を打っている。


『それこそが古代文明レムセリアの技術の粋──『黒の祭壇』だ』


 魔王ヴィルガロドムスが告げた。


「黒の……祭壇」


 おうむ返しにつぶやく俺。


『汝に頼みたいことは、ただ一つ。【闇】の力を使い、その祭壇を起動してもらいたい』


 黒い髑髏が、粘ついた眼光を俺に向けた。


『さすれば、汝はさらなる力を得られるであろう──』

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