7 復讐者と魔王2

「心を許すな……か」


 俺はラクシャサの言葉を繰り返す。

 まあ、もとより魔王の言葉を全面的に信じるつもりなどまったくない。


『そいつは、私たち通常の端末よりもずっと【奈落】に近い存在です』


 ラクシャサの声は、硬い。

 表情も、今までに見たことがないほど険しかった。


『彼は……いえ、彼ら・・こそは──』

『控えろ』


 魔王が静かに告げた。


『お前にそれを告げる権限は付与されていないぞ、【端末037】』


 びくっ、とラクシャサの体が痙攣する。

 まるで稲妻にでも撃たれたかのように。


『大いなる【奈落】の意志に背くつもりか』

『くっ……』


 唇を噛んで黙るラクシャサ。


『余はそこの端末よりもはるかに高性能だ。なんならその女を消滅させ、これからは余が汝の【闇】の制御を手助けしてもよいぞ』

「お前がラクシャサの代わりになる、っていうのか」

『余は勇者に討たれ、残留思念としての不安定な存在となっている。だが汝から定期的な【闇】の供給があれば、ある程度のレベルまでの実体化はたやすい。どうだ? 汝にとっても手っ取り早い力の強化となろう? そのうえで城の最深部に行き、さらなる力を──』

「あいにくだが、お前の言葉を信じるつもりはない」


 俺は魔王をにらんだ。


「主導権は俺だ。お前はまず情報を提示しろ」

『……ふむ。この魔王に人間ごときが偉そうな口を利く』


 黒い髑髏がうなった。


 落ち窪んだ眼窩の奥で、赤い眼光がまたたく。

 俺と奴の視線がぶつかり、激しく火花を散らした。


 仮に魔王が敵意を出せば、即座に俺の【固定ダメージ】が発動する。

 魔王のHPなら一撃くらいは耐えられるかもしれないが、3秒ごとに9999ダメージを与えれば、長くても十数秒のうちには決着するだろう。


 奴が魔法などで攻撃してきても、その攻撃自体も【固定ダメージ】で撃墜できる。

 たとえ相手が魔王ヴィルガロドムスといえど、俺のスキルを簡単に打ち崩すことはできないはずだ。


 そもそも、残留思念状態の奴にどの程度の能力があるのかも分からないが──。


『くははははははは! それでこそ【闇】の宿主だ。ますます気に入ったぞ、クロム・ウォーカー』


 ふいに魔王が哄笑した。

 てっきり怒らせたのかと思ったが、むしろ愉快げな態度だ。

 と、


「クロム様!」


 シアがベッドから降りた。

 今の哄笑でさすがに目を覚ましたのか。


 ユリンの方は、「むにゃむにゃ……」とのんきに目をこすっている。


「ユリンちゃん、起きて。敵だよ!」

「て、敵ですか!?」

「あたしたちでクロム様を守らなきゃ!」

「は、はいぃ」


 どことなく和やかな掛け合いをしつつ、二人が俺の左右に並ぶ。


『【闇】の【従属者】たちか』


 魔王がシアを見た。


『スキル二つ持ちの騎士に……そっちは魔人か。まだ成りたてのようだが、階級進化クラスアップ次第では高位魔族に化けるかもしれんな』


 と、今度はユリンに視線を向ける。


『クロム・ウォーカーよ、余は汝に敵対する意志はない。ゆえに、先ほどの問いに戻ろう』


 魔王が俺に視線を戻した。


『余とともに城の最深部に行くか? そこへ行けば、汝の気も変わるかもしれんぞ』


 さて、どうするか。


 魔王の誘い──こいつは罠かもしれない。

 だが、生半可なことなら俺の【固定ダメージ】で退けられるだろう。


 二つのスキルを持つ闇騎士のシアや魔人のユリンもいる。

 マルゴやユーノの能力に未知数の部分がある以上、俺自身も力を強化しておくに越したことはない。


 ──乗ってみるか。


「いいだろう。案内しろ、魔王」

『宿主様』

「あいつを全面的に信頼するような真似はしない。だけど有益な情報が手に入るかもしれないだろう」


 俺は不安げなラクシャサに言った。


「ただし──お前も警戒しておけ、ラクシャサ。異変を感じたら、すぐに俺に伝えるんだ。いいな」

『……承知しました』

「あの、クロム様……?」

「今、魔王って……?」


 驚いたような顔のシアとユリンに、俺は小さくうなずく。


 最小限の説明だけを済ませると、俺たちは魔王ヴィルガロドムスの案内の元、進み始めた。


 城の、最深部へ──。

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