13 宿命の対峙3

「スキル【祝福の矢】!」


 ユーノが左手で聖剣を掲げた。


 羽毛に似た光の弾丸が、立て続けに射出される。

 マイカと同じスキルか。


「無駄だ。その技は通じない」


 光弾群は、俺の周囲に展開されている黒い鱗粉に触れたとたん、すべて消滅した。


「強い……」


 ユーノがうめいた。


「しかも、クロムくんは一種類しかスキルを見せていない……」

『少し違うぞ、マスター』


 太った男──【光】の端末ヴァーユが告げた。


『【解析】』


 唱えたとたん、垂れ目がちの瞳が黄金の輝きを放つ。


 ぞくり──。

 全身に悪寒が走った。


 まるで、体の内部をまさぐられているような嫌な感触。


 こいつは……!?


『【妨害】』


 ラクシャサが告げた。

 同時に、悪寒も消える。


『宿主様の力を分析しようとしても無駄ですよ、ヴァーユ』

『邪魔をするな、ラクシャサ』


 二人の端末の視線が、中空でぶつかり合った。


「分析?」


 たずねたのはユーノだった。


『すべてを分析することはできなかったが……彼が『闇の鎖』の呪いを受け、通常のスキルを使用できなくなっていることは確認できた』


 答えるヴァーユ。


『EXクラスまで昇華したスキルは例外だが……そんなレベルのスキルを二つも三つも備えているはずがない。まず間違いなく、あの男のスキルは【固定ダメージ】一つだけだろう』

「一種類しかスキルを見せていないのではなく、それしか使えない……と?」


 ユーノがたずねた。


「なら、付け入る隙はある……か?」

『勝機はある。だが、【固定ダメージ】は強力無比なスキルだ。そう簡単にはいくまい。やはり『白の位相セフィロト』を開かない限りは──』


 と、ヴァーユ。


『そろそろこの世界にいられる限界時間が過ぎる。彼との決着はいずれつければよかろう』

「……ああ、時間制限があったんだね。じゃあ、またラギオスの元に戻るのか」

『【闇】と戦ったことで、マスターの【光】はいくばくか強化されたはずだ。魔王の幹部ごとき、今度は勝てる──』

「分かった」


 ユーノは素直にうなずいた。

 消し飛んだ右腕──その切断面に視線を向け、表情を歪める。


「……クロムくんとの決着は、いずれ。この恨みとともに」

「何をごちゃごちゃと言っている……?」


 俺は歩みを進めた。

 会話の内容は分からない部分もあったが、一つ気になることを言っていた。




『この世界にいられる限界時間が過ぎる』と。




 ユーノがもうすぐここからいなくなる、ということか?


 駄目だ、逃がさない──。

 俺は駆けだした。


 だが、衰えた体は情けないほどゆっくりとしか動けない。


「いつか必ず──借りは返すぞ、クロムくん」


 ユーノが憎らしげに俺をにらんだ。


「……君が仲間たちにしたことは忘れない」

「何が、仲間だ」


 元仲間だった俺を、あんな目に遭わせたくせに。


「君は邪悪なる【闇】に堕ちた。ゆえに【光】の勇者ユーノが討つ」

「好き勝手なことを──」


 逃げるな。

 俺は今ここで、お前を──。


 だが、次の瞬間、ユーノとヴァーユの姿は無数の光の粒子と化して消えてしまった。




『私たちもそろそろ『黒の位相クリフォト』に留まることができる限界を過ぎそうですね』

 ラクシャサが言った。

『戻りましょうか』


 俺はしばらくの間、返答できなかった。

 強烈な徒労感があった。


 せっかくユーノに再会したというのに。

 懸念していた【光】の力も、俺の【闇】で制することができそうだったのに。


 むざむざと逃がしてしまった。


『……宿主様』


 ラクシャサが俺に寄り添った。

 慰めるように。

 癒すように。



 俺は、ふうっ、と息を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。


「【奈落】から【闇】の使い方をもっと聞きたい。まだここに留まれないのか?」

『無理に留まると、あなたの存在そのものが『黒の位相』と同化してしまいますよ』

「同化……?」

『この世界の一部になるということです。あなたの意志も感情も魂も、すべてが消滅して──』

「……分かった、戻ろう」


 俺はため息をついて了承した。


 結局、何もかもが半端なままか……。


 もっと強力な【闇】を手に入れるという目的も。

 ユーノとの決着も。




 ここに来たときと同様、巨大な門を通り、俺は元の場所に戻った。


 前方には真紅の髪の美しい少年──マイカが。

 俺の側にはシアとユリンがいる。


 ちょうど『黒の位相』に移動した一瞬後の状況のようだ。


「全員、足止めしろ! 僕は逃げるぞ!」


 マイカが村人たちの死体を次々に【御使いスピリット】に変えていく。

 自身は背を向け、一目散に走りだした。


 俺とマイカでは、身体能力に大きな差がある。

 競争では、とても追いつけないだろう。

 かといって、シアを向かわせるのは危険だ。


 どうする──。

 このまま逃がせば、奴は他の村でも同じような真似をするだろう。


 絶対に、野放しにはできない。


「──もしかしたら」


 俺は右手から垂れる、黒い鎖を見つめた。


 それは、とっさの思いつきだった。


 根拠はない。

 だが、理屈ではなく本能で──俺は悟っていた。


 それが可能だということを。


 だから迷わず右腕を振った。

 そこから垂れる黒い鎖が、鞭のように伸びていく。


「えっ……!?」


 驚いたようなマイカに、鎖が巻きついた。


「逃がさない」


 このまま拘束し、マイカとの距離を詰めれば決着だ──。

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