12 宿命の対峙2
SIDE ユーノ
目の前で繰り広げられた一連の光景は、まさに悪夢だった。
ユーノの聖剣がクロムの【闇】と接触した瞬間、目の前にイリーナの映像が出現した。
どうやら先日行われた、彼女が最高司祭に就任する際の式典やパレードのようだ。
途中、一人の青年騎士がパレードに乱入したが、イリーナの前で改心し、自害した。
その後、クロムたちに連れ去られたイリーナは、両足を潰され、さんざん苦しめられたうえ、さらに──、
『さあ受け取れ──【従属者】イリーナ』
『ひっ、ひぃぃぃぃぃ……あああああ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ……!?』
おぞましい魔獣へと変えられてしまったのだ。
「ああ、イリーナ……」
ユーノはうめいた。
愛しいイリーナが。
あの清らかで美しかったイリーナが。
見るもおぞましいバケモノに変えられてしまった。
『お前が知っているイリーナはもうどこにもいない』
『俺が、あいつにふさわしい姿に変えてやったのさ』
『醜い魔獣にな』
やはり、先ほどクロムが言ったことは真実だったのか?
それに──他にも気になることがあった。
聖女の式典で襲いかかった青年騎士。
彼の言葉は、イリーナと男女関係があるようなことを示唆していた。
「どういうことなんだよ、イリーナ……君は、僕以外の男にも肌を許していたのか!? 馬鹿な……嘘だろ……君はこの世で一番清らかな聖女様だ……そんなふしだらなことをするはずがない……僕だけの、最愛の……」
怒りが。
嫉妬が。
悔しさが。
敗北感が──。
ないまぜになって、胸の中で荒れ狂う。
「……だけど、これが真実なら」
頭の隅で、冷静な自分が顔を出そうとしていた。
どうやらイリーナはもう元には戻れないらしい。
ならば、諦めよう。
「僕は世界を救った勇者だ。女なんて、黙っていても寄ってくるよな……!」
探せば、イリーナ並の美女だって見つかるだろう。
いや、そもそも自分の身近には一人いるではないか。
イリーナに比肩する美女が。
性格は、少し癖が強いが……美貌も色香も申し分がない。
(しょうがない。イリーナは捨てて、ファラさんにするか……いや、何も一人にこだわることはないよな……きっと僕にすり寄ってくる美女はいくらでもいる……)
高まる欲望で下腹部が熱くなった。
そう、僕は──選ばれた特別な人間なのだ。
たった一人の女だけに愛を捧げるなど馬鹿馬鹿しい。
女性にまったく縁がなかった、田舎町の童貞少年だったころとは違うのだ。
もっと多くの女に愛され、傅かれ、幸せに暮らす権利があるはずだ。
(ふふふ、イリーナに遠慮する必要がなくなった、と考えれば、かえってよかったかもしれないな。片っ端から美女を抱きまくるっていうのも……!)
「随分とご機嫌だな、ユーノ」
冷ややかな声が、彼の妄想を中断させた。
景色が切り替わり、10メートルほど前方にクロムの姿が出現する。
「クロムくん……!」
ユーノは表情をこわばらせる。
先ほどまでの妄想を振り払い、意識をかつての親友に向けた。
「だが、ここからは愉快な展開にはならない。覚悟を決めろよ、勇者様」
かつての親友が、昏い笑みを浮かべた。
※
「だが、ここからは愉快な展開にはならない。覚悟を決めろよ、勇者様」
俺はユーノに言い放った。
一連の映像が終わり、ふたたび奴と対峙した状態に戻っていた。
彼我の距離は、映像が出る直前と変わらず10メートル。
EXスキル【固定ダメージ】の射程圏内だ。
「じわじわとなぶりながら、削り殺す」
黒い鱗粉が、その一粒がユーノの頬に触れる。
「あ……がぁっ!?」
秀麗な顔が──その頬が大きく裂け、血が噴き出した。
さらに別の鱗粉が右手に向かう。
「こ、この鱗粉が君の攻撃──!?」
ユーノは慌てたように聖剣を振るった。
黄金に輝く刃と鱗粉が触れ、
ばぢゅぅっ……!
耳障りな音とともに剣が腐食し、ぼろぼろになって崩れ落ちた。
「馬鹿な!? 聖剣が──」
さらに鱗粉がユーノの右手に触れる。
「がっ、あああああああああああああああああっ!?」
肘の辺りまでがズタズタになった。
「次は左腕か? 足か? 胸か? 腹か?」
俺はニヤリと笑った。
【固定ダメージ】が黒い鱗粉という形を取るようになって、効果範囲の把握がしやすくなった。
吹き出す鱗粉の一番先端を奴の体に触れさせるイメージで、じわじわと削り殺すことができそうだ。
「くおおおおおっ……!」
ユーノは苦鳴を上げながら、両足から黄白色の光の粒子を噴射する。
それを推進力にして、大きく跳びのいた。
一瞬にして俺から20メートルほど離れた地点まで下がり、【固定ダメージ】の射程圏外へと逃れてしまう。
「い、痛い……痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ……! ちくしょぉぉぉぉぉぉ、僕の腕がぁぁぁぁぁっ!」
苦しげな息をもらしながら、ユーノが俺をにらんだ。
普段の爽やかさが嘘のような、憎々しげな表情だ。
「君の力は……はあ、はあ……効果範囲内のものを破壊するのか……!」
「そうだ。何者であろうと抗うことはできない」
「あんまり調子に乗るなよ……スキル【再生】」
ユーノがつぶやくと同時に、ボロボロに腐食した聖剣が光を発した。
たちまち元通りに再生するアークヴァイス。
「戻れ」
ユーノが告げると、聖剣は空中を滑るように飛び、奴の左手に握られた。
「聖剣があれば、僕はまだ戦える──」
ユーノが凄絶な笑みを浮かべた。
吹き飛んだ右腕は、断面の辺りが黄白色の輝きで覆われていた。
治癒効果でもあるのか、血が止まっている。
とはいえ、さすがに腕自体が再生したりはしないようだが──。
「君がイリーナにしたことも含め、絶対に許せない」
「許せないのは俺も同じだ」
俺はふたたびユーノに近づく。
「この二年──片時たりとも、お前たちへの恨みを忘れたことはなかった」
「決裂、だね。僕らの友情は」
「寝惚けるな。とうに決裂している」
ユーノの今さらな台詞に、俺は鼻を鳴らした。
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