3 シアの魔剣2

「人間ごときが……!」

「その台詞はもう聞き飽きた」


 黒と赤に彩られた魔剣を手に、シアは天使騎士たちに言い放った。

 炎のように赤いツーサイドアップの髪が、風にはためく。


「我ら【光】の【御使いスピリット】にかなうつもりか」

「叩き潰してやる」


 天使騎士──【御使い】たちがハンマーを掲げて威嚇する。


 シアはそれを涼しげな瞳で見つめ、


「あなたたちが【御使い】なら、あたしは──」


 吠えて地を蹴る少女騎士。


 黒いブーツの翼が開き、紫色の粒子を噴射する。

 その勢いで、加速。


 さらに加速、加速、加速──!


「クロム様に身も心も、魂も捧げた【従属者】よ!」


 一閃。


【加速】による移動と【切断】を込めた斬撃。

 その二つを相乗させた超越の剣が、天使騎士の一体をハンマーごと──【光】ごと両断した。


「なっ……!?」


 一閃。

 さらに驚く天使騎士をもう一体両断する。


 一閃。

 返す刀でもう一体。


「ひ、ひいっ……!」


 光翼を開き、空中に逃げる天使騎士。

 その体が宙に浮かぶか浮かばないうちに、


「さよなら」


 最後の、一閃。


 シアの斬撃は、四体目が飛び去る時間さえ与えずに──瞬時にその体を断ち割った。




「ごめんなさい、助けられなくて……」


 シアは、彼女の亡骸のそばに跪いた。

 頭部はかろうじて残っていたため、恐怖にひきつった顔を少しでも穏やかに直し、開いたままの目を閉じてやる。


「あたしのせいだ……」


 自分の無力さに嫌気が差した。


 油断しなければ、救えたかもしれないのに。

 情けなくて瞳から大粒の涙が落ちる。


 その涙が彼女の顔に触れたとたん、


 じゅうっ……!


 蒸発した。


 あふれる、黄白色の光。


「え、何……? これは──」


 シアは驚いて後ずさった。


 どくんっ!


 彼女の亡骸が脈動する。

 つぶれた足でむりやり起き上がる。


 ちぎれ飛んだ腕は切断面が盛り上がり、新たな肉が生まれた。

 今までよりもはるかに太い腕となって。


 いや、腕だけではない。

 気がつけば、つぶれた両足も太くなっている。


 そして、スラリとした体を黄白色の甲冑が包んでいく。


「まさか……!」


 シアはごくりと喉を鳴らした。




「絶望の声でけ、人の子よ」




 彼女は──彼女だった何かは、厳かに告げた。

 敵意に満ちた眼光がシアを見据える。


「【御使い】……!」


 ぎりっと奥歯を噛みしめるシア。


 あの天使騎士に殺されると、その者も天使騎士になるということなのか。

 それとも別の要因なのか。


 どちらとも分からない。

 が、はっきり分かることが一つある。


 彼女は──すでにシアの敵になった、ということだ。


「どうして……」


 苦い思いでうめく。

 天使騎士が巨大なハンマーを叩きつけてきた。


「──スキル【加速】」


 シアの両足に装着されたブーツの翼がバッと開き、紫の粒子を吹き出す。

 その勢いで大きく後退した。


 一瞬前まで彼女がいた地点に、ハンマーが打ちこまれた。

 地面が割れ、陥没する。


 反動を利用して、天使騎士が突進した。

 間合いを詰めて、シアに第二撃を繰り出す。


「……戦いたくない、けど」


 スキル【切断】を発動。

 黒と赤の魔剣を振るい、天使騎士のハンマーを根元から断ち切る。


「く……っ」


 天使騎士が後退した。


「もう、元には戻れないの? ねえっ?」


 思わず声に出して叫んだ。


 シアとて、直感的に分かっていた。

 人間としての彼女はすでに死んだのだと。

 目の前にいるのは、新たに生まれた人を殺戮するための化け物なのだと。


 分かっていながら──叫ばずにはいられなかった。


「さあ、潰れろ」


 返答は、攻撃の意志だった。


 根元から断ち切られたハンマーに黄白色の光が集まり、一瞬にして再生される。


「潰れろ……潰れろ……潰れろ……!」


 殺意の声とともに、得物を振りかぶる天使騎士。


 空気を爆砕しながら振り下ろされるハンマーを、


「あああああああああああああああっ!」


 シアは絶叫とともに断ち切り、その勢いで天使騎士をも両断した。




 足元には、頭から真っ二つになった天使騎士の死骸がある。


 姉に似た面影は、どこにも見当たらない。

 異形の敵の、残骸でしかなかった。


「どうして……こんなことができるの」


 シアはぽつりとつぶやく。


 まるで人間を道具のように。

 クロムも、かつてこんなふうに生け贄にされたんだろうか。


「許せない──」


 あらためて怒りが沸き起こる。

 これを為した元凶であろうマイカに。

 そして──、


「許せ……ない……!」


 シアの体から黒い粒子状の何かが──わずかにあふれ、散った。




 悲しみも怒りも、憎悪も。

 すべてを振り払い、シアは進む。


 やがて村が見えてきた。


「あたしが捕らえてみせる……魔術師マイカ」


 唇をかみしめ、つぶやく。

 と──、


「これは……!?」


 むせ返るような嫌な匂いが漂ってきた。


 炎が、見える。

 あちこちから黒煙が上がっている。

 悲鳴が、苦鳴が、叫喚が響き渡る。


 足元に広がるのは、いくつもの血だまり。


 そして、その向こうには──。


 赤い髪を肩のところで切りそろえた、少女と見まがうような可憐な魔法使いがたたずんでいた。




※ ※ ※

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