4 惨劇の村

 シアが出発してから、すでに二時間ほどが過ぎていた。


「少し、遅いな」


 俺は小さくため息をついた。

 大丈夫だろうか、という不安が大きくなる。


「ここから離れた場所にありますし、まだかかるのでは?」

「あいつには【加速】スキルがある。すぐに村までたどり着いたはずだ」


 たずねるユリンに答える俺。


「生半可な敵なら【切断】スキルで一蹴できるだろう。マイカ相手に手こずっているのか、あるいは──」


 逆に捕らわれている、という可能性だってある。

 かといって、俺が行けばユリンを危険にさらす。


 どうにも、もどかしい状況だ。


「あの……私を置いて、クロムさんだけで村に行くというのは……?」

「それは駄目だ。お前一人で魔物に襲われたら、まず助からない」


 俺は首を左右に振った。


 シアを単独で行かせたのは間違いだったかもしれない。

 苦い思いをかみしめる俺。


 ──ぞくり。

 ふいに、肌が粟立った。


「なんだ、この感じは……!?」


 最初にこみ上げたのは『悪寒』だ。


 だが、それだけじゃない。

 妙な懐かしさと心地よさを同時に感じていた。


 そう、あれは二年前の──。


 禁呪法『闇の鎖』で生け贄にされたときの。

 そして、すべてを失った後に【闇】を得たときの。


 そのとき味わった感覚に、よく似ていた。


    ※


 SIDE マイカ


 時間は少しさかのぼり──。


 魔術師マイカは研究所近隣の村を訪れていた。


 この村の人間は、何度か被験体として連れ去ったことがある。

 もちろん、こちらの正体が露見するようなヘマはしていない。


 彼らにとって自分は『世界一の魔法使いの弟子』だ。

 まさしく英雄を見るような目で、村人たちはマイカの訪問を歓迎してくれた。


(おめでたいね、まったく)


 内心で嘲笑するマイカ。


 恐るべき【闇】の使い手であるクロムを倒すためには、対極の力──【光】が必要だろう。

 その力を得る方法はオーブに記録されていた。


 どうやら師匠は、かつてクロムを生け贄に捧げ、勇者ユーノを強化したらしい。

 弟子だった男を切り捨てたわけだが、別にそれはどうでもいい。


 ヴァレリーはクロムとの対話で『弟子など使い捨ての道具』と言っていた。


 だが、自分だけは違うはずだ。


 他の弟子たちとのことは、ヴァレリーにとって単なる遊び。

 彼に本当に愛されているのは自分だけ──。


 そう、信じていた。


(だから、あの男は僕が倒します。見ていてください、ヴァレリー様)


 マイカはふたたび儀式について思考を向ける。


 ヴァレリーが行った『闇の鎖』は、一人の男の深い絶望から【光】を生み出すというものだった。

 それはクロムが何年も一緒に過ごした弟子だからこそ──彼がもっとも絶望することが何かを熟知していたから為せたこと。


 だが、ここにいる村人たちは知り合ったばかりである。

 誰を生け贄にしたところで、クロムほどの深い絶望を生み出すことは難しいかもしれない。


(なら、数で補えばいい)


 マイカの考えはシンプルだった。

 一人の人間から強く深い憎悪や絶望を抽出したのと同等の量を、大勢の人間から集めるのだ。


(そう、たとえば──この村すべての人間を生け贄に捧げるとかね)


「どうしました、マイカさん」

「何もない村ですけど、ゆっくりしていってくださいね」


 村娘たちがマイカの側に寄ってくる。

 柔らかな胸を押しつけてくるのはわざとだろうか。


 普通の男なら喜びそうなシチュエーションだが、マイカにとってはむしろ不快だった。


(馴れ馴れしいな、まったく)


 内心で毒づく。


 彼の体に気安く触れていいのは、この世でただ一人。

 愛する師匠ヴァレリーだけなのだ。


 そう、少女のように可憐な容姿も、花のような唇も、鮮やかな赤い髪も、滑らかな白い肌も──。

 ヴァレリーだけのものだ。


(ああ、ヴァレリー様……)


 なおも体を押し付け、我先にと話しかけてくる少女たちなど眼中になく、マイカはうっとりと頬を赤らめる。

 興奮が高ぶる。


 嗜虐の、興奮が。


(そろそろ──始めようか)


 マイカは口の端を吊り上げ、笑った。


「『プリズン』」


 村人たちを全員、不可視のエネルギーで拘束する。

 無詠唱で、しかも大人数を一度に捉えられるのは、マイカの強い魔力と高い魔法技術あってこそである。


「な、何を……?」

「マイカさん……?」

「さあ、たっぷりと負の感情をまき散らしてくれ。君たちの恐怖が、憎しみが、絶望が──儀式を成功へと導くだろう」


 謳うように告げ、マイカは手近の村人を雷撃で焼き尽くした。


「ぎ、ぉぉぉぉ……!?」


 黒こげになってその村人は絶命する。


 次の村人には火炎を。

 さらに氷を、風を、土を──次々と魔法を見舞っては、殺していく。


 村中に悲鳴と苦鳴が響き渡った。


 だが、マイカの『プリズン』によって逃走は封じられている。

 一人一人殺されていく様を、残った者たちはただ見ることしかできない。


 次は自分の番かもしれない──そんな恐怖と絶望を感じながら。


 その後も、マイカの惨殺は続いた。


 血を一滴残らず抜いて干からびさせたり、頭をじわじわと締めつけて殺したり、手足を一本ずつ砕いていったり──。

 彼らの恐怖をできるだけ煽るように、マイカは村人たちを一人一人、始末していく。


 その絶望は黒いモヤの形を取って具現化し、彼の周辺に漂い始めた。


 同時に、天空にまばゆい光が出現する。


「なるほど、恐怖や絶望による【闇】の具現化……そして、その【闇】と同時に【光】が現れる……か」


 マイカは満足げにつぶやいた。

 オーブの記録通りだ。


「では、【光】よ──僕の元に来たれ。愛するヴァレリー様の怨念を晴らすための力を、僕に与えたまえ」


 唱えると同時に、黄白色の輝きがマイカを包みこんだ。


「お……おおおおお……お……!」


 マイカは歓喜のうめき声を発した。


【光】が、自分に宿ったのだ。


 と、そのときだった。


「なんてひどいことを……!」


 声とともに、前方から誰かが近づいてくる。

 炎のように赤い髪をツーサイドアップにした美しい少女。


「君は──」


 確かヴァレリーをひどい目に遭わせたあの男と一緒にいた少女である。


「探す手間が省けたよ。一人一人……確実に殺してやる」


 マイカが少女騎士を見据えた。


「そうはいかない。あたしがあなたを止める」


 彼女は、黒と赤に彩られた異形の剣を構えた。




※ ※ ※

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正直、コロナの影響による売り上げ減とかが心配なので……日々、不安です (´Д⊂ヽ

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