7 復讐の始まり

 狙いは、奴を俺の前におびき出すことだ。


「あいつは自分の力に絶対の自信を持っている。もともと自信過剰なところがあったが、今はそれに加えてシャーディ王国の大貴族という絶対的な権力も持っているからな」


 説明する俺。


「そんな大貴族に向かってくる庶民──あいつは見せしめ代わりに、大勢の兵でなぶり殺しにしようとするだろう。自らも前に出てきて、俺をいたぶろうとするだろう。暴力的な愉悦を満たそうとするだろう」


 そこを、狙う。


 俺のスキルは射程が短い。

 たとえば、堅固な建物に立てこもられると、手が出せなくなる。


 だから──向こうから俺の元へ来てもらう。


 まあ、そんなに難しい話じゃない。


 かつての勇者パーティの中で、もっとも単純で、もっとも挑発に乗りやすい。

 そして自分の力を誇示するのが大好きなあいつなら──。


「必ず乗ってくるはずだ」

「あの……それでしたら、あたしを囮に使ってください。おびき出すなら、その方が確実かもしれません」


 シアが自分の胸に手を当て、申し出た。


「囮だと?」

「ライオットはあたしを側に置こうとしていました。いざとなれば刺し違えてでも──」

「無理だ」


 悲壮な決意を見せるシアに、俺はきっぱりと告げた。


 確かに、さっきの戦いを見ると、シアは中々の腕前である。


 だがライオットは腐っても勇者パーティの一員だった男。

 実力の次元が違う。


 公爵になり、自堕落な生活を送っているそうだから、昔みたいに戦士としての節制なんてしていないかもしれない。

 それでも、シアに勝てる相手とは思えない。


「返り討ちにあって、慰み者にでもされるのがオチだぞ」

「な、慰み……」


 シアの顔が青ざめた。

 両腕でギュッと自分の体をかき抱く。


「あんな男に汚されるくらいなら、舌を噛み切って死にます!」


 気丈だった。


「心配するな。奴は俺が殺す」


 言って、俺は歩き出した。


「囮なんていらない」

「クロム様……?」

「ライオットの居城はあっちだったな?」


 西方面を指差し、たずねる。


「そうですが……あの、何を」

「おびき出すと言っただろう」


 俺はシアを待たずに、歩みを進める。


 衰弱した足で、弱々しく、だけどまっすぐに。

 進み続ける。


「あいつを殺しにいくんだ。最短距離で。一直線に」


 さあ、復讐の始まりだ──。


    ※


SIDE ライオット


「おい、酒が切れたぞ! もっと持ってこい!」


 ライオットは近くにいた従者に怒声を浴びせた。


 酒がなくなる前に、あらかじめ新たな酒を補充しておく気配りもできないとは。

 使えない従者だ、と腹が立つ。


「は、はい、ただいま……!」

「まったく使えない奴だ。もういい、さっきの男はクビにしろ」

「で、ですが、公爵、彼にも生活がありますので、そう簡単に解雇するわけには……」


 うろたえたのは執事だ。


「新婚の奥さんや今度生まれる子どもが──」

「知るか! 俺の機嫌を損ねた時点で万死に値する。この栄えある勇者パーティの一員、ライオット様のな!」


 がはは、と下品に笑うライオット。


「なんなら、さっきの奴の代わりにお前をクビにしてもいいんだぞ? 代わりなんて腐るほどいる」

「ひいっ、それだけはご勘弁を……」

「じゃあ、お前が奴にクビを言い渡せ」

「……分かりました」

「なんだ、その態度は! 不満でもあるのか!」


 ライオットはいきなり激昂して、手にしたグラスを執事に投げつけた。

 額にグラスが直撃する。


「うう、し、失礼いたしました」


 執事は頭からを血を流し、その場に這いつくばった。

 床に額を擦りつけてライオットに詫びる。


「どうか、平にご容赦を……」


 これ以上、自分を怒らせるとどうなるか、執事もよく分かっているはずだ。


 実際、前任の執事は酒の席での怒りに任せて斬り殺してしまった。

 彼の権力でもみ消したが……。


「まあ、いい。今回だけは許す。ああ、犯人については調査しておけよ。放置しておくのは俺の面子にかかわるからな」


 しっしっと追い払うように執事を部屋から閉め出した。

 それから給仕を務めている女に視線を向ける。


「……ほう」


 ライオットが目を細めた。


 彼の趣味に合わせ、露出度が激しくなるように改造したメイド服を身に着けていた。

 当然のごとく美女だった。


 ライオットが近隣から既婚未婚の区別なく、また恋人がいようがおかまいなしに、えりすぐりの美人ばかりを集め、身の回りに侍らせているのだ。

 ……中にはシアのように拒絶し、ライオットの招集に応じなかった者もいるが。


「おい、そこの女……ちょっと俺の相手をしろ。寝室まで行くぞ」


 ライオットは舐めるような視線をメイドの顔や体に這わせた。


「えっ、あの……」

「よく見ると、なかなかいい体つきじゃねえか。ムラムラしてきたぜ」


 誰も自分には逆らえない。

 自分の意志ひとつで、彼らの生活はどうにでも変わる。


 王にでもなった気分だ。


 いや、この地方ではライオットこそが王なのだ。


「お、お許しください……ああっ……」


 抗弁しかけたメイドを抱き寄せ、酒臭い息を吐きかける。


 歴戦の猛者であるライオットの腕力に、彼女がかなうはずもない。

 諦めたのか、抵抗はすぐにやんだ。


「素直なのが一番だ。これからたっぷり可愛がってやるからな、くくく」


 ライオットは強引に彼女を寝室まで引っ張っていく。


 ばたん、とドアが閉まり、室内から女の悲しげな悲鳴が響いた──。


    ※


 俺はライオットが住む公爵の居城を目指して、まっすぐ進んでいた。


 ちなみに俺もシアもマントとフード姿で、目元には仮面をつけている。

 素性を隠すための簡単な変装だ。


「あ、あの、大丈夫なんでしょうか?」


 シアは不安げな顔で俺の側を歩いている。


「いくらライオットをおびき出すと言っても、さすがに正面から乗りこむなんて」


 確かに、常識的に考えれば無謀の極みだろう。

 だが、俺の能力はそんな常識とは正反対の極致にある。


「最短距離で行くと言ったはずだ」


 俺はそっけなく告げた。


 彼女は俺の能力を一度見たっきりだが、俺はこのEXスキルを二年の間、ずっと使ってきた。

 絶対の自信があった。


 誰であろうと、俺の行く手は阻めない──。

 と、


「何者だ、貴様!」

「この先はライオット公爵様の居城がある! 貴様のような流れ者が立ち入っていい場所じゃない!」

「即刻、立ち去れ!」


 数十メートル先から、数人の兵士がやって来た。

 この辺を巡回している警備兵だろう。


「行っておくが、容赦はせんぞ!」

「この間も、近くに迷いこんだ奴を八つ裂きにしてやったところだ。見せしめとしてな」

「公爵様のご威光を保つために、貴様も同じ目に遭わせてやろうか? んん?」


 ライオットの威を借り、権力と暴力を振るう輩か。


「下種だな」


 そう判断した俺は、構わずに前進した。


「貴様、聞こえんのか……ぐあっ!?」

「がっ!?」

「ぐあっ!?」


 距離を詰めてスキルの射程圏に到達したとたん、兵士たちはいっせいに血を吐き出して倒れた。


 一般的な兵士の体力値など、せいぜい100から300程度だ。

 ライオットのような英雄クラスになれば、1000や2000、あるいはそれ以上の数値もいるが──。


 彼らにそこまでの体力値があるはずもない。

 固定ダメージ9999を受け、全員即死だった。


「クロム様……」


 凄惨な光景にシアは息を飲んでいた。


「怖いならついてこなくてもいいぞ。俺はひとりで行く」

「い、いえ、あたしも一緒に!」


 シアは青ざめた顔をしながらも、気丈に叫んだ。

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