6 復讐者と少女騎士2
「な、なんだ、こりゃあっ……?」
残った兵士たちが戸惑いの声を上げた。
恐怖よりも、何が起こっているのか分からずに呆然としているようだ。
俺は無造作に歩みを進めた。
弱々しい足取りだが、向こうはパニック状態で足が止まっている。
簡単に間合いを詰めることができた。
「があっ……!」
「ぎゃぁぁ……!」
俺との距離が10メートル内になった兵士たちは、苦鳴とともに次々と消し飛ぶ。
「お、お前……何者……」
生き残った者たちの戸惑いの表情は、今やはっきりとした恐怖に変わっていた。
「消えろ」
俺はさらに一歩を踏み出した。
残りの兵士たちは悲鳴すら上げられずに消滅した。
「無事か?」
俺は倒れている少女に声をかける。
「あなたは──?」
呆然とした顔で俺を見上げる彼女。
剣を支えに、よろよろと立ちあがった。
「ありがとうございました。あたしはシア・フラムライトといいます」
シアと名乗った少女が丁寧に一礼する。
年齢は十七歳くらいだろうか。
まとっている騎士甲冑は傷だらけだが、よく見ればかなり上等なものだと分かる。
「クロムだ」
名乗りかえす俺。
いちおう名字は伏せておいた。
「あ、あの、さっき兵士たちを倒したのは──もしかして、あなたは魔法を使うのですか?」
「魔法……か」
軽くため息をつく。
二年前のあの日、俺は魔力のすべてを失ってしまった。
今の俺にあるのは、この【闇】のスキルだけだ。
ただ、そんなことを長々と説明する気にはなれなかった。
「……そんなところだ」
適当に言葉を返しておく。
「あのっ……!」
シアがふたたび俺に声をかけた。
先ほどより強い口調で。
「一つお願いしたいことがあります。あたしの話を聞いていただけないでしょうか」
「お願い……とは?」
「実は──」
シアはいきなり地面に両膝をついた。
土下座せんばかりの勢いで俺を見上げている。
何か事情がありそうだった。
※
SIDE シア
「ねえ……さん……?」
戻ってきた姉の遺体を前に、シア・フラムライトは呆然と立ち尽くした。
一体どれほど過酷な拷問を受けたのか。
ライオット公爵やその手下にあらゆる暴力を受け、人としても、女としても尊厳を奪われ尽くした姿。
清楚な美貌は恐怖に歪んでいる。
四肢はあらぬ方向に曲がり、血にまみれ──。
「あぐ……ううう、ぉえぇぇぇぇ……っ」
シアはその場で嘔吐した。
胃の内容物が空になるまで吐き、空になっても吐き続けた。
姉の姿が脳裏に浮かぶ。
両親を早くに亡くした後、親代わりになってシアを育ててくれた姉。
優しくも凛々しい美人だった。
頭がよく、剣の腕も立ち、国の騎士団で活躍していた。
半年前にライオット公爵にスカウトされ、彼の元で騎士団長を務めるようになった。
自慢の、姉だった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
涙が涸れてもなお、シアは嗚咽を続けた。
噛みしめた唇が破れ、滴った血が姉の顔に落ちる。
涙のように赤い筋が流れ落ちる。
「絶対に許さない……殺してやる……!」
後には、ライオットへの怒りと憎悪と復讐心だけが残った。
※
「──あたしはライオット公爵への復讐を目論んでいます」
シアは俺の前に跪いたまま、事情を説明した。
「姉の仇、というわけか」
彼女の話を要約するとこうだ。
シアの姉は、公爵の騎士団長を務めていたのだという。
公爵──つまりライオットは金や女に溺れ、民に重税を課していた。
欲深いあいつらしい振る舞いだと思う。
それをいさめたシアの姉は、ライオットの怒りを買った。
そして彼や手下たちにあらゆる拷問を受けた末に殺されたのだ。
シアは、復讐を誓った。
そんな折、ライオットはシアの美貌に目をつけ、彼女を自分のものにしようと手下を派遣した。
彼女はライオットの申し出を拒絶し、姉の形見の鎧と剣で戦った。
そこに通りがかったのが、俺だった──という流れらしい。
「で、お願いというのはなんだ?」
俺はシアにたずねた。
まあ、大体の想像はつくが。
「姉の仇を取るために力をお貸しいただきたいのです」
シアがまっすぐに俺を見つめた。
「公爵を殺す気か?」
「ライオットは多くの兵に護られていますし、彼自身も歴戦の猛者です。正面からではとても無理ですが、暗殺ならあるいは……」
と、シア。
「相手はこの地方の絶対権力者です。館に忍びこむのも容易ではないでしょう。クロム様のお力は、その突破口を開くことができるのではないかと……どうか、ご協力いただけないでしょうか」
言って、シアはいきなり地面に頭を擦りつけた。
「あなた様の望むだけの報酬はお支払いいたします。あたしがたとえ何年かかっても、一生かかっても……先ほどのお力があれば、相手が公爵でもきっと立ち向かえます……っ」
常識で考えれば、見ず知らずの男に頼むようなことではない。
頼むような内容でもない。
どれだけ報酬をもらおうとも、彼女の言葉を借りれば『この地方の絶対権力者』に戦いを挑むなど馬鹿げている。
きっとシアも、そんなことは百も承知で頼んでいるのだろう。
必死なのだ。
ワラにもすがる思い、というやつだろう。
「──復讐心、か」
ライオットへの復讐のためにこの地に足を踏み入れ、同じ復讐の志を抱く人間と出会うとは。
奇妙な縁というべきだろうか。
「いいぞ」
俺はあっさり返事をした。
「やっぱり駄目ですよね。申し訳ありません。突然こんなことを頼ん──はい?」
シアは言葉の途中でポカンとした顔になった。
「えっ? えっ? 今、なんて──」
「いいぞ、協力してやる」
「い、いいんですか!? 相手は公爵──しかも世界最強の勇者パーティの一人ですよ!?」
「頼んだのはお前だろう」
「あまりにもあっさり引き受けてくださったので、驚いて……」
「じゃあ、断ったほうがよかったか?」
どっちみち、俺の目的の一人はライオットだ。
彼女に頼まれようと頼まれまいと、やることは変わらない。
「い、いえいえいえいえいえっ、よろしくお願いしますっ」
必死な様子で首をぶんぶんと左右に振るシア。
それからふいに黙りこんだ。
「どうした?」
「──まさか」
なぜかジト目だ。
「見返りにあたしの体を要求する気では?」
なんでそうなる?
「男はみんなケダモノ。常に女をモノにしようと狙っている、って姉さんが」
シアが力説した。
「全員が全員、そんな男じゃないだろう」
「あいつらは基本、女とヤることしか考えてない性欲魔人だ、とも」
「かなり偏った男性観な気がするぞ」
「……よかった。見ててね、姉さん。あたしが必ず仇を取ってみせる──そして姉さんの魂に安らぎを」
祈りを捧げるようにつぶやき、それから俺にもう一度頭を下げた。
「あ、えっと……色々と失礼なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした」
「俺は気にしていない」
きっと、色々と思いこみが激しいタイプなんだろう、シアは。
「感謝いたします、クロム様」
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