5 復讐者と少女騎士1

 勇者ユーノは二年前に『真の勇者の聖剣アークヴァイス』を手に入れた。


 大いなる【光】の加護を受け、その力は幹部級の魔族ですら一撃で打ち倒す最強の剣。

 俺に呪いをかけ、その反作用で生み出した剣だ。


 ユーノはその剣を振るい、五人の仲間──恋人であり神官でもあるイリーナ、あらゆる魔法を極めた賢者ヴァレリー、屈強の戦士ライオット、凛々しき女剣士ファラ、正義の中年騎士マルゴ──とともに五体の幹部級を倒した。


 さらに苦闘の末、魔王をも打ち倒す。


 それが、今から半年前の出来事だった。


 ユーノたちは七勇者の中で最強のパーティとして世界中で称えられた。

 彼ら六人は地位や名誉、富などあらゆるものを与えられ、今は栄耀栄華を極めている──。




 町には活気が満ちていた。

 道行く人々の顔にも喜びの色がある。


 魔王が討たれ、世界に平和が戻ったことが大きな原因だろう。

 だが、そんな喜びに一抹の不安が混じっているのを、俺は見逃さなかった。


「聞いたか、魔族の残党が隣町に現れたって」

「じゃあ、この町も襲われるかもな……」

「魔王が倒れても、まだまだ物騒な世の中だよな……」


 耳をすませば、あちこちから噂話が聞こえてくる。

 未だ、世界は完全な平和を取り戻してはいない。


「なーに、勇者ユーノ様や仲間たちが、そのうち魔王軍の残党なんて全部倒してくれるだろ」

「ああ、かつての魔王軍に比べたら、規模はずっと小さいからな」

「いざとなれば、この辺りを治めるライオット様がなんとかしてくれるさ」


 ふん、『勇者パーティ』は大した英雄ぶりだな。


 確かにユーノたちの力は絶大である。

 特に魔王を討った勇者の力は。


 だが、その力は──血塗られたものだ。

 俺を裏切り、生け贄に捧げたことで得た力だ。


 二年前、俺の【闇】はまだ目覚めたばかりで、奴の【光】はすでに高レベルに達していた──らしい。

 だが、今はどうか。


 俺の【闇】は、すでにあいつの【光】をも凌駕するほどに高まっているはずだ。


「お前は『勇者』なんかじゃない、ユーノ」


 俺は小さくつぶやいた。


 栄耀栄華を極めるのもここまでだ。


「ただし……楽には死なせない」


 俺が味わったのと同じ──いや、はるかに大きな絶望や苦痛を与えてからだ。

 もちろん、他の五人も同じ。


 全員に復讐を遂げることが、今の俺のすべてだった。




 翌朝、俺は町を出発した。


 最初の標的は戦士ライオットに決めた。

 いずれは全員に復讐するが、一番近隣にいるのが奴だったのだ。


 次に近い場所にいるのはイリーナである。

 ライオットに復讐を遂げたら、二番手は彼女にしよう。


 その後は──分からない。


 ユーノの元へ行くか。

 師匠のヴァレリーにも恨みはたっぷりとある。

 あるいはファラか、マルゴか……。


「まあ、それはライオットを仕留めた後だ」


 今では公爵となり、ここシャーディ王国の第二王女との婚約も決まっているというライオット。

 行く末は大臣か、王にでもなるのかもしれない。

 しがない一戦士だった奴が、大出世だった。


 そういえば、あいつは『男ならでかい夢を持たなきゃな。俺はいつか王になる!』なんて言ってたっけ。


「残念だな、ライオット──お前の夢は叶わない。永遠に」


 俺は公爵領に向かって歩みを進めた。




 シャーディ王国東部地方。

 王国の実に五分の一にもわたる領土が、ライオットの公爵領である。


 その端に俺は足を踏み入れた。


 目指すはライオットの居城。

 そこまで最短距離でたどり着いてやる──。


 俺は復讐心に燃え、街道を進んだ。

 そこから山道へと差し掛かったところで、


「へへへ、もう逃げられねーぞ」

「いい加減に観念したらどうだ?」

「諦めてお互いに楽しもうぜ……へへ」


 下卑た声がいくつも聞こえてきた。

 数十人の兵士が、たった一人の少女を取り囲んでいる。


「ふざけないで! 誰があなたたちなんかに──」


 炎のように赤い髪をツーサイドアップにした少女だ。

 スラリとした体に騎士甲冑を身に着けている。


 勝気な美貌を凛と引き締め、数十人を相手にたった一人で戦いを挑んでいた。

 なかなかの腕前らしく、鋭い斬撃で兵士の一人を斬り伏せる。


 が、多勢に無勢。

 じりじりと押しこまれ、体力を削られ、


「きゃあっ」


 やがて剣を弾き飛ばされてしまい、少女騎士は地面に倒れた。


「なかなかの上玉じゃねーか」

「公爵のところへ連れて行く前に味見してやるからな」

「おい、それはやばいんじゃねーか?」

「なーに、バレやしねーよ」


 兵士たちが欲望をあらわに舌なめずりをした。


「くっ……下劣な!」

「おうおう、気が強いねぇ」

「お前の姉のときも、俺たち全員で楽しませてもらったんだぜぇ?」

「っ……!」


 少女の顔色が変わる。

 青い瞳に憤怒の色が浮かんだ。


「あなたたちが姉さんを──」

「なかなか具合がよかったぜ、へへへ」

「自分から乱れて、清純な乙女の面影もなかったなぁ、ははは」

「ゆ、許せない……!」


 涙を流しながら、少女騎士はよろよろと立ち上がる。


「絶対に──」


 剣を手に最後の抵抗を試みる彼女だが、


「そんなヘロヘロで何ができるんだよ、おらっ」

「きゃあっ」


 すでに体力を失っているのか、兵士の一人に蹴り飛ばされ、ふたたび地面を這った。

 もはや立ち上がることさえ、できないようだ。


「へへへへへ……」


 欲望にまみれた視線と笑い声が、彼女を取り囲む。


 男たちの欲望によって彼女が汚されるのは時間の問題だろう。

 通りがかった以上、放っておくわけにもいかないか。


 ──待ってろ、今助ける。

 俺は一直線に近づいた。


 とはいえ、俺の身体能力は同年代の若者に比べると、かなり劣っている。

 手も足も衰え、ほとんど老人同然といってよかった。


 近づくまでに時間がかかるのがもどかしい。

 闇のスキルは強力無比だが、射程距離が十メートルしかないからな。

 と、


「なんだ、こっちに向かってくる奴がいるぞ」


 兵士の一人が俺に気づいて振り返った。


「その女を離せ。下種」


 俺は吐き捨てるように言った。


「はあ?」

「おいおい、誰にケンカを売ってるか、分かってんのか?」

「いいか、俺たちはライオット公爵の手の者なんだぞ?」

「とっとと手をついて謝れよ。じゃなきゃ、この女をなぶる前に、まずお前からいたぶってやる」


 兵士たちがニヤニヤと笑う。

 先ほどまでの性的な高ぶりから、今度は暴力の悦びに満ちた笑み。


 やはり、下種だ。


 それはそれとして──ライオット公爵だと?


 じゃあ、こいつらはその手下か。


 ──あいつと同じく下種な奴らだ。


 俺の胸の奥に、暗い炎が灯った。

 さらに距離を詰める、


「へっ、逃げねーのかよ?」

「わざわざ殺されに近づいて来るとはな」

「随分鈍い動きじゃねーか。そんなんで俺たちに勝てるつもりぃ?」

「女なら犯す楽しみがあるが、男に用はねぇ。なぶり殺しだ」


 兵士たちが気勢を上げた。

 ちょうどそこで、俺が奴らとの距離を十メートルにまで縮める。

 直後、


「がっ!? ああっ……!?」

「ぎゃああぁぁっ……!?」


 悲鳴とともに、俺に近い順から兵士たちが次々と光の粒子に変わり、消滅していく。


 EXスキル【固定ダメージ】。

 俺の周囲10メートルにいる敵すべてに、3秒ごとに9999のダメージを与える【闇】の殲滅スキル。


 雑兵ごとき、俺が近づいただけですべて消し飛ぶ──。

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