恋人を寝取られ、勇者パーティから追放されたけど、EXスキル【固定ダメージ】に目覚めて無敵の存在に。さあ、復讐を始めよう。

六志麻あさ@11シリーズ書籍化

第1章 覚醒する闇

1 すべてを失った日

「魔王軍との戦いが終わったら……私、クロムのお嫁さんになりたいです」


 その日の夜、俺は突然の逆プロポーズを受けた。


 相手は勇者パーティの仲間であり、恋人でもある神官イリーナだ。


 俺より三つ年下の彼女は二十一歳。

 長く伸ばした黄金色の髪に綺麗な青い瞳をした美しい女性だ。


 ここは宿の中庭で、周囲には誰もいない。

 淡い月明かりの下、俺たち二人だけだ。


「す、すみません、私ったら。突然で驚きましたよね?」


 ああ、なんて可憐なんだ。


「いや、俺も同じ気持ちだよ。この戦いが終わったら結婚しよう、イリーナ」


 常に危険と隣り合わせの、俺たちの戦い。

 だけど、絶対に生き残ってみせる。

 そして、幸せな人生を歩むんだ。


 イリーナと、二人で。




 翌日、俺たち勇者パーティは魔王軍の前線基地に戦いを仕掛けた。


「死ね、勇者ども!」


 巨大な黒い竜が叫んだ。

 魔王軍の中でも上位の眷属──『ダークドラゴン』だ。


 人間以上の知性と強大な魔力、強靭な生命力を兼ね備えた強敵である。

 炎のドラゴンブレスが俺たちを襲った。


「『ホーリィシールド』!」


 イリーナが呪文を唱えた。


 光り輝くエネルギーの盾が出現し、ブレスを弾き返す。

 超一流の神官ならではの防御術式だった。


「いくぞ、クロム。タイミングを合わせるのだ」


 俺に魔法を教えてくれた師匠であり、旅の仲間でもある賢者ヴァレリーが厳かに告げる。


「『ファイアストーム』!」

「『アイスストーム』!」


 俺たちが同時に放った炎と氷の魔法が、ダークドラゴンを後退させた。


「おのれぇっ!」


 怒りとともに、長大な尾を振るう黒竜。


「させるか!」

「あたしたちが相手よ!」

「うおおおおっ!」


 それに向かって飛び出したのは、大男の戦士、女剣士、中年騎士の三人。

 勇者パーティーで前衛を務めるライオット、ファラ、マルゴだ。


 彼らが繰り出した斧や剣、槍が竜の尾を両断する。


 ぐるるるるあああああああああああっ!


 竜が苦鳴を上げて、ひるんだ。


「今だ、ユーノ!」

「了解っ」


 俺の声に、閃光のようなスピードで突っこむ一つの影。


 きらびやかな黄金の鎧に秀麗な顔立ちの少年。

 世界に七人しかいない『勇者』の一人、ユーノ。


「魔を滅せよ、聖剣『ヴァイス』!」


 巨大な竜が体勢を立て直すより早く、金色の聖剣が振り下ろされる。

 刃から放たれた閃光が、ダークドラゴンの体を両断した。


「やったな、ユーノ!」

「クロムくんやみんなの援護があったからだよ」


 俺の言葉に、爽やかな笑みを返すユーノ。


 謙虚で、仲間思いで。

 勇者である前に、俺にとっては親友と呼べる少年だった。




 魔王が復活したのは、今から三年前のことだ。

 十三の兵団を率い、奴らは全世界に侵攻した。


 半年もたたないうちに、世界の半分が奴らの手に落ちた。

 それに対抗すべく、神は地上から七人の勇者を選んだ。


 勇者たちはそれぞれ仲間を選び、各地に散って魔王軍と戦い始めた。


 俺──クロム・ウォーカーも、そんな『勇者パーティ』に選ばれた一人である。




 ダークドラゴンとの戦いを終えた俺たちは宿に戻った。


 この地方を支配する魔王軍の十三幹部の一人──フランジュラスとの決戦は、近い。

 奴の手下である強力なモンスターは、今日のダークドラゴンを含めて、すでに七体狩っている。


 敵側の戦力をかなり削いだし、そろそろ仕掛ける頃合いか。

 実際にそのタイミングを決めるのは、パーティの参謀役ヴァレリーだが。


「……そうだ、寝る前にイリーナの顔を見てこようかな」


 俺は部屋を出た。


 この階に泊まってるのは俺とヴァレリー師匠、ライオット、マルゴの四人。

 上階にはファラとイリーナ、そして勇者ユーノが泊まっている。


 ぎし、ぎし、と階段を軋ませながら、俺は上の階に上がった。


「えっ……!?」


 そこで、俺は驚いて立ち尽くした。


「会いたかった……」

「僕もだよ……」


 ユーノの部屋に、人目を忍ぶようにして入っていく影を発見したのだ。


 今のは、まさか。

 俺の見間違いに決まっている。


 だけど、あれはどう見ても──。

 昨日、将来を誓い合ったはずの恋人イリーナの姿だった。


「なんで、イリーナがユーノの部屋に……?」


 首をかしげつつも、俺はすぐに首を横に振った。


 イリーナはたまたま用事があって、ユーノの部屋を訪ねただけだろう。

 恋人と親友を一瞬でも疑うなんて、俺はなんて馬鹿なことを。


「イリーナにおやすみの挨拶をしたかったけどやめておくか。明日に備えて寝よう」


 俺は背を向けた。


 ──会いたかった。

 ──僕もだよ。


 さっきの声が頭の中で反響する。

 階段を下りようとしたところで、足が止まった。


「……駄目だ、やっぱり気になる」


 いけないことだと分かりつつも、俺はふたたび歩き出した。

 足音を忍ばせ、ユーノの部屋の前へ。


 別に疑っているわけじゃない。

 ただ、確認したいだけなんだ。


 罪悪感を覚えつつ、そっと扉に耳を押し当てる。


「イリーナ、愛しているよ……」

「ああ、私もです……愛しい、勇者様……!」


 聞こえてきた声に頭が真っ白になった。


 なんだよ、これ……!?


 続いて聞こえてきたのは、かすかな息遣い。

 服を脱ぐ、衣擦れの音。

 甘い嬌声と、ベッドが軋む音。


 やがて、イリーナは──俺が一度も聞いたこともないような快楽の声を上げた。


 なんなんだよ、これは……っ……!


 俺は心の中で叫ぶ。


 イリーナ、君は俺と結婚したいって言ってくれたじゃないか。

 ユーノ、お前は俺の親友じゃないか。


 なのに、どうして二人が──。




 俺はその晩、一睡もできなかった。


「おはよう、クロムくん」


 一階にある食堂まで降りると、ユーノが挨拶してきた。

 いつも通りの爽やかで、優しげな笑顔。


「顔色が悪いよ? 体調は大丈夫?」


 俺を気遣う態度も、決して表面上のものじゃない。

 心から俺を心配しているように見えた。

 昨晩あんなことがあったとは、とても信じられない。


「ご気分が優れませんか?」


 イリーナも心配そうに歩み寄ってきた。


 二人とも、いつもと変わらない態度だ。

 まるで昨日のことは、俺が見た悪い夢だったかのように──。


 だけど、俺は確かに聞いたんだ。

 あまりにもショックで、何も考えられなかった。


 恋人として、部屋の中に乗りこむべきだったんだろうか。

 俺は、ただ逃げるようにその場を後にしてしまった。


「なんでも……ないよ」


 そう言うのが精一杯だった。


「機は熟した。そろそろフランジュラスを討伐に行くとしよう」


 と、ヴァレリー師匠が提案する。


「そうだね。みんなの力を合わせれば敵じゃない。だろう、クロムくん?」


 ユーノが賛同した。


「えっ? あ、ああ……」

「みなさんが危険な目に遭いそうだったら、私の防御術で必ず守ってみせます」


 いつもと同じく健気なイリーナ。

 他の三人も『今日は決戦だ』とばかりに、意気を上げている。


 もっとも、みんなの顔には若干の焦りみたいなものが見えた。


 ──俺たちのパーティは、他の六つの勇者パーティに比べると戦績で水を空けられている。

 他のパーティはそれぞれ最低でも一体は魔王軍の幹部クラスを討っているのだ。

 だが、俺たちだけは幹部クラスを一体も倒していない。


「じゃあ、出発だ。必ずフランジュラスを倒そう」


 ユーノも普段の爽やかな笑顔ではなく、どこかこわばった顔だった。




 俺たちは深い森の中を進んでいた。

 ここを抜ければ、フランジュラスの城があるはずだ。

 と──、


「が……ああ……!?」


 ふいに、俺の全身を激しいしびれが襲った。

 その痺れはすぐに、体中に駆け巡る激痛へと変わった。


「こ、これは……? ぐうう……ううぅぅぅ」


 膝に力が入らず、その場に崩れ落ちる俺。

 はあ、はあ、はあ、と異様に荒くなった息をつき、這いつくばった姿勢で顔を上げる。


「禁呪法『闇の鎖』」


 見上げると、ヴァレリー師匠が無表情に俺を見下ろしていた。


「悪いな、クロム。生け贄はお前だ」

「いけ……にえ……?」

「機は熟した、と言っただろう? フランジュラスを倒すために、我らが勇者様にはさらなる力が必要だ」

「なに……を……?」


 頭の中が真っ白になる。


「そのための儀式を始めるんです、クロム」


 冷たく告げたのは、イリーナだった。


 えっ、どういうことだ……?


 彼女が俺に向けているのは、恋人としての愛情など一片も宿らない、冷たい視線。


「悪いんですけど、犠牲になってくださいね」


 他の三人──戦士ライオット、女剣士ファラ、騎士マルゴもそれぞれ冷淡な目つきで俺を見下ろしていた。


「私たちを呪うがいい。その呪いによって生まれた【闇】が、同時に強い【光】をも生む」


 ヴァレリー師匠──いや、ヴァレリーが杖を俺に向ける。


「がああ……ああ……っ!?」


 激痛がさらに強まった。


 あまりの痛みに俺は髪を激しくかきむしった。

 ごっそり抜けた毛は真っ白になっていた。


 さらに──両手両足がみるみるやせ細っていく。

 ほとんど骨と皮しか残っていない。


 俺の中の生命力がどんどん抜け落ちていくような感覚。


 このまま、すべてを吸い尽くされて死ぬのか、俺は……。


 恐怖と絶望で目の前が暗くなる。


「お前の【闇】が生み出した【光】は、勇者の力を強化してくれる。お前の【闇】が深ければ深いほど──怒りや苦しみ、憎しみ、絶望、それら負の感情が強ければ強いほど、勇者に与えられる【光】もまた強くなる。いずれ魔王をも倒すほどに──」


 わけが分からない。


 俺はなんらかの呪法の生け贄にさせられようとしているのか……!?

 師匠の口ぶりからすると、勇者を強くするために……か?


「どうして、俺を……?」


 胸の中でいくつもの感情が行き来する。


 怒り。

 混乱。

 戸惑い。


 そして──絶望。


「全員で決めたんだ」

「勇者を強くするために」

「犠牲になるのはお前だ」

「誰だって死にたくはない」


 ライオットたちが口々に告げる。

 仲間としての俺を、斬り捨てる言葉を。


「大丈夫だ、彼女は僕が幸せにする」

「ごめんなさい、クロム。あなたのことは忘れません」


 目の前で抱き合い、熱烈な口づけを交わしたユーノとイリーナを目にして、俺の意識は途切れた。




 こうして、俺はすべてを失った。


 そして──。


 俺の中の【闇】が、目覚める。







※ ※ ※ ※ ※


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書籍版の紹介記事です↓

https://kakuyomu.jp/users/rokuasa/news/16816700186139126527

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