清水寺
僕とクリススティは、清水の入り口についた。心優しいご主人に会えず心細い。
「にやあ…」とタメイキに似た鳴き声がつい、漏れた。
「探す前から、弱気じゃだめよ。探しましょ」
僕らは巨人のような足をするり、するりとよけて進んで行く。
清水寺は、千二百年前に建立され、今も庶民に親しまれている。
そんな歴史のある、舞台にただただ、圧倒される。
ご主人は、ここを舞台に何かを書いてみたいと呟いていた。(古くから、ここでの参拝様子は書かれていて、主人はそれらの作品を読んでいることがあった。)
今は、「平成の大修理」ということで、捜索範囲は限りなく少ないはず。
「にしても、人、人、人間ばかりね。」
「そうだね、でも主人がいけそうな場所は、これでなんとなく推理できそうじゃ、ないかしら?」
「そうね、でも、さっき写真を撮られたわ・・・可愛いといわれるのは、好きだけれどフラッシュで写真を撮られるのは、大嫌いよ! 私は・・・」
「まるで、ハリウッドスターみたいな不満だね。」
「ふんっ。」
機嫌を僕らは人間の流れに従い本殿に向かった、中は薄暗いものの、木の匂い、
肉球に伝わる材質感が心地よいものだった。
「見て、すごい、綺麗よ!」
クリスティは、紅葉を見るのが初めてのようだ…。(意外なことである。)
「あれはね、紅葉というのさ、唐紅に染まる紅葉と君の唇が魅力に映える、清水の舞台。って、主人は呟きながらメモをしていたよ」
「カラクレナイ?」
「深い紅色のことだよ…。」
「へえ、意外に物知りになってきたのね…。」
意外な、褒め言葉にすこしうろたえた。が、気をとりなおして。
僕らは、本殿を捜索した。が、…主人は、見当たらない。
(それどころか、観光の人間にきゃあきゃあといわれて、少し疲れてきた。)
観音像の所まで来ると、自分より一回り小さいグレーの猫がいた。
「お困りのようだね、君たち。」
「ええ、なんで分かったのですか?」
僕は少し面食らって驚いた。
その猫は、和尚が面倒をみている元ノラ猫のロシア猫で或るらしい。
「
「主人が、失踪したのです。主人は、作家ではあるものの無名ですが、お優しい、とても大切な、ぼ、僕の家族なのです!」
切実に、訴えるように話した。声は、自然とわなないていた。
「まあ、落ち着いて。では、ここへは、捜索に来たんだね?」
「そうです、彼女と主人の呟いた言葉、記憶、心当たりをたずねている所なのです。」
「何故、人間に頼らないのです? 自分で探す必要が、あったのですか?」
「いても、たってもいられず…。それに僕が、最初に気づいたのです。
家にいる他の者に、心配をかけたくは…なかったのです。」
「なるほど、気遣い…、猫にしては生真面目なのですね。」
「そう、彼は真面目なの、それに、正義感が強い…の割に甘えん坊だけどね。」
「ひとこと、余計だっ。」
僕らはやいやいと言い合いになりかける。こほん、和尚の猫が、咳払いした。
「で、いたのかね?」
「い、いいえ、…あっ。」
「何?どうかしたの?」
「主人は、銀閣寺とも…呟いていたな。」
「なら、次は銀閣寺ね!」
「お困りの猫を救うのも御仏の御意志、これも何かの縁…ご案内しましょう。
ここから人間の足なら十五分のところ、裏の小道を使えば十分でつくでしょう。」
「ありがたいです。」
「かしこまるな、なに、ちょっと一緒に君たちと移動するだけなのですから。
私も、そちらには用があるので…。」
優雅にひらり、はらり、その猫の後を追って人の気配がない、小道を歩いて行く。
小道には、先ほどの唐紅の紅葉やどこかで、焼き芋をしているのか甘い匂いがした。
思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「お腹がすいたの? ランポ。」
「ま、まあね、甘いものには、目がなくて…。」
「私たちは、苦みしか感じないはずなのだけど?」
「僕は、甘いのが好きなんだ。ほのかだが、優しい味で、ご主人といる気持ちに似ているのだ。」
焼き芋を食べたのは、去年の丁度この時期だった。
主人が、庭の枯れ葉を集め、娘、女房、編集者の青年と楽しく芋を焼いて食べていた。
その時に一口、娘の口からこぼれたちょっとした大きさの甘い塊を頂戴した。
主人は笑い、女房は慌て、娘は、何食わぬ顔で食べ続けていた。
とても楽しかった。
そんな、思い出を思い出しながら歩いているといつの間にか、銀閣にたどりついていた。
「すみません、親切にしていただき…。」
「いいのですよ。それでは、ご武運を。」
そういうと、そのままどこかに向かって去って行った。
「良かったわね、まさに救い仏ね」
「さあ、ご主人はいるかな」
僕とクリスティは、銀閣寺の周りを捜索開始した。
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