第3話

春人とかすみがスワンナプーム国際空港に到着したのは、もうかれこれ3時間ほど前だった。




大雪で飛ぶかどうか心配された新千歳から成田へとび、乗り換えの後タイに向かう。




成田から、タイまではおよそ7時間半ほどである。




年末年始ということで、飛行機は満員で家族連れも多い。




7時間半の長旅は春人にもかすみにも辛いものとなっていた。飛行機の中では、日本ではレンタルもされていないような最新の映画もあったが、満員の機内では集中することもできず、深い眠りなどにもつけるわけがない。




特にかすみの横に座っていた中年の男のいびきがひどく、辟易して春人はわざと大きな音を出し、起こすこともあった。




言葉が少なくなったかすみい春人はいろいろと世話を焼いてやったのだった。




空港についてから、現地のツアコンを探す。とにかく人、人、人の渦にのまれ、押し出されながらやっとのことで見つけ、バスに乗り込み、説明を受けて、へとへとになりながらなんとかホテルにたどり着いたのだった。




大きなスーツケースをベッドの横に置き、春人はかすみに声をかけた。




「大丈夫?結構時間かかったよね。具合とか悪くない?」




「うん・・・ちょっと人に酔っちゃった・・・」




「年末年始だからねぇ・・・前の時はこんなひどい人ごみではなかったんだけどね。」




ベッドに腰をかけて靴を脱ぎながらかすみが答える。




「そういえば、前の時はいつ頃来たの?」




「今と同じ乾期の冬だったよ。でも、今回みたいに年末年始じゃなくて、休みが明けた時期を狙っていったんだ。あの頃は、まだ店もそんなに忙しくなくて、オーナーに修行だと言ったら連休をくれてさ。」




「そうなんだ。いろいろと食べ歩いたりしたんでしょ?」




「うん、まぁね。でも、さっきのガイドブックにもあったけど、屋台の食べ物とかはあんまり積極的に食べない方がいいかな?前の時も、ちょっとお腹下しちゃったんだよね。」




「タイの料理ってきつそうだもんね。屋台とかはちょっと汚くて、私も苦手。いいよ、きちんとした店に行こうよ。そっちの方が、春人さんにも勉強になるだろうしね。」




「屋台には屋台の味があって、俺はけっこう好きなんだけどね。さて、荷物ほどいたら、ご飯でも食べに行こうか。」




「そうね。でも、ちょっと疲れちゃったから。一眠りしていいかな?」




枕に顔をうずめながら、かすみは上目づかいで春人を見た。




春人は、スーツケースを開ける手を止めて、小さくため息をついた。




「いいよ。じゃあ、俺はせっかくだから、ホテルの中でもうろうろしてくるかな?」




「ごめんね。やっぱり飛行機が辛かったみたい・・・せっかく来たのに、ごめんね。」




春人は、汗だくになっていたTシャツを脱ぎ、新しいTシャツを着て用意をすると、かすみの横に座った。




「なんも、気にしなくていいよ。んじゃ、少しゆっくりしなさい。」




「ありがと。春人さん、好き。」




目を閉じたかすみのおでこに春人は軽くキスをすると、立ち上がりドアを開けた。




本当を言うと、腹が減ってしかたなかったので、近くのコンビニにでも行こうかと思っていたのだった。




ホテルのエレベーターを降り、エントランスを抜けると、ムアッとした熱気が頬をさす。




ホテルの横はチャオプラヤ川が流れており、ちょうど太陽が川の向こうに消えようとしていた。




川辺を散歩すると、観光客向けだろうか、屋台が立ち並んでいた。




その中で、揚げ餃子の屋台があった。据えたような匂い、タイならではの匂いであった。




あの時も、こうやって揚げ餃子を食べた気がする。




「だーかーらー、タイに来たのになんだってレストランでご飯を食べなきゃならないのよ!ローカルフードを食べてこその研究でしょ?旅行でしょ?観光客向けの味なら、日本でも食べれるわよ!」




「せっかく着いたんだから、さっさと出かけましょうよ。ホテルの中なんて、寝るときだけでいいのよ。経験、体験、その積み重ねこそ旅行の意義でしょ?」




「まずっ、この餃子、くさい!でも、これがタイ人にはおいしいって感じるのよね?それなら、タイ人の味覚は根本的に日本人とは違うのよ。だから、春人も同じよ。日本人に合うイタリアンを作らなきゃならないってことね。」




揚げ餃子を買って、一つ口に入れた。




「・・・やっぱりまずいよ。なぁ、幸?」




誰にも聞かれないその一言は、太陽と一緒にチャオプラヤ川に溶けて行った。

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始まりの終わりの始まり @kamimurashinobu

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