第2話

「新千歳空港行きは3番線のホームより発車になります。なお、今日は大雪につき5分ほど遅れて運行していることをお詫び申し上げます」




春人は、小さなスーツケースを引きずりながらその放送を聞いた。




タクシーから、駅に入るまでの少しの間で、頭にはもう雪がつもってしまう。このまま、飛行機が飛ばなければいいのにな、と春人は心の中でつぶやいた。




早朝の札幌駅には、多くのスーツケースを持った人であふれていた。年末年始の旅行は、今日12月29日からスタートするからだろう。せっかくの旅行が雪で邪魔されてはたまらない、と駅員に詰め寄っている人もいた。




切符を買い、待ち合わせの改札に向かう。




ゴロゴロゴロ、スーツケースの音が、雷鳴の音のように聞こえる。




恋人と行く海外旅行、心は晴れ渡って当然なのだが、春人の心には暗雲たちこめていた。




「春人、遅い!すっごい待った!」




「そんなこと言ったって、時間通りだよ」




「私は、15分前に来たの!楽しみにしてたんだから、そんなの当たり前じゃない。時間どおりに来るなんて、愛が足りないわ。ごめんなさいは?」




「いやはや、理不尽だな。わかったよ、ごめん、ごめんよ」




「しっかたないな。許してあげよう。あとで、マックおごってね」




「春人さん、おはよう」




かすみの声で春人は我に返った。




「すごい雪だったね。タクシーで来たの?」




かすみは、ベージュのコートを着て、大きなスーツケースを傍らに置いていた。その上に、大きめのボストンバックが置かれていた。




「あ、ああ。タクシーも遅れるかと思ったよ。すごい荷物だね」




「うん、初めての海外旅行だから何を持っていっていいかわからなくて・・・やっぱり多かったかな?」




「いや、別に大丈夫だよ。じゃあ、遅れてるらしいけど、ホームまで行っちゃおうか」




と言いながら、春人はかすみの持つボストンバックを持とうとした。




「あっ、いいよ。自分のバックだから自分でもたなきゃ」




「いいって、スーツケースも大きいんだから、気にしないでいいよ」




春人はそう言いながら、無理やりボストンバックを持って歩きだした。




「ありがとう、春人さんって優しいのね。そういうのって、女の人にモテると思うよ」




「そうかな?普通だと思うけど」




「そうやって、さらりと言えるのがモテる人なのよ。鼻が高いな。タイでニューハーフの人にモテて、浮気しちゃだめよ」




かすみは笑ってそう言った。




春人は思い返す。あの日、遅いと怒鳴られて、持っていたカバンを投げつけられたのを。あいつは、たくさんの荷物なんて持ってなかった。




「どうせ、向こうにもいろいろ売ってるわよ。大丈夫、国が違ったって同じ人間なんだから。なんとかなるって!さ、カバン頼むね。私の全財産、春人に任せるから」




無邪気な笑顔で語る彼女の姿がどうしてもちらついてしまう。




ぼんやりしている春人に、かすみは声をかけた。




「春人さん、大丈夫?昨日も遅かったんじゃないの?実は具合悪かったりしない?」




「いや、大丈夫。ちょっと考え事をしてたんだ。さ、行こうか。そろそろ列車も来るだろうし」




「うん、いや~楽しみだな~。タイに行ったら、何を食べようかな~?ガイドブック、何冊か買ってきたから、一緒に勉強しようね」




ホームに向かうかすみの姿を見ながら、春人はやっぱりやめておけばよかったかな、と思っていた。




行き当たりばったりな旅をしたあの時と比べ、今回の旅はあまりにも違いそうだ。




ゴロゴロゴロ…スーツケースの音がさっきより大きくなったように、春人には感じていた。




溜息をかすみに気づかれないようにして、春人は顔をあげた。楽しむんだ、恋人との旅行を!自分に言い聞かすように春人はかすみに声をかけた。




「本当に、楽しみだね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る