2 堂々巡りの輪

「……と、いうことがあったのですけれど」


 タングステン燈が高欄に取りつけられた吉田橋や、舶来洋品を取り扱う店舗が軒を連ねた元町、関内の開港記念館、正金銀行などハイカラな洋風建築の並ぶ街並み。

 どこか欧州の風を感じる街、横浜が今のわたしの住まいだ。


 海を見晴るかすこともできる坂の上、その高台にわたしの住む洋館はある。

 オリーヴ色の屋根にはこのところずっと、雪が積もって白い壁に同化していた。冬化粧。雪化粧。


 暖炉の火がぱちぱちとはぜる屋内の窓もまた、白くけぶっている。


 蓄音機から流れるヴァイオリンの音色に満たされたその客間にて、わたしはさっそく仕入れたばかりの謎をふたりの紳士に披露していた。


「それは結構なことだったね」

「いやまったくだぜ、コトコが指輪をもらってくるなんてなあ。子供の成長って恐ろしくなるくらい早いよな」


 ふたりがちらりと見おろした机。

 わたしたちの間を横断するように置かれた飴色に艶めく花梨のテーブルには、先ほど見つけた金糸の指輪が乗せられていた。


 その向かいの革張りのソファには、片桐水哉さんが長い脚を組んで腰かけている。

 黒のラウンジスーツをまとった彼こそ、噂の『婚約者』、親の決めてしまったわたしの許嫁だ。


 この関係がいつ、どうして形作られたのか。

 それは世事の流れが大きく関わっている。


 ——大正三年六月二十八日のことだ。

 オーストリア皇太子がセルビアの黒手組に暗殺されるというショッキングな事件の報道が世界を駆け巡った。

 報復は報復を呼び、それから間もなく、戦火はヨーロッパに燃え広まった。これには遠い異国たる日本も対岸の火事ではいられずに、大きな影響を受けたのである。


 シベリア出兵、第二特務艦隊の地中海派遣。

 さらには欧州経済の混乱による、輸出の滞り。これをきっかけに日本経済も一時落ち込み……。この流れに伴い、もとより資産の限られる公家華族の末端であったわが家もおおいに困窮した。


 しかし、大正も五年を迎えるとにわか景気が起こる。

 いわゆる大戦景気と呼ばれる好景気だ。


 本土が戦場とはならなかった日本は商品輸出が急増し、横浜港の輸出量は急速に拡大、成金族が出現することになった。


 今を時めく宝石商である水哉さんもその手腕を発揮し、頭角を現した青年のひとりだ。

 英国にルーツを持つという彼の顧客は、もとより外国人から華族まで多岐にわたっていた。さらに大きな波に乗った今では飛ぶ鳥を落とす勢いで、横浜一の宝石商の名をほしいままにしている。


 そんな彼がわたしとの婚姻のために準備した結納金に、わが家が随分と助けられたということは、父さまをはじめとする家人の顔を見ればなんとなく察せられた。


 つまり、彼はわたしにとっての恩人にもあたるわけだけれども――。


「…………」


 ちらりと、水哉さんを見ればすぐに目が合う。

 かきあげられた銀灰色の髪の下では、あらわになったブルーサファイアの瞳が冷ややかに輝いていた。


 事実はどうあれ、一見して、酷薄な印象を受ける人だと思う。


 帝劇の人気役者と言われても納得の美貌を誇るのに、常々、口元に浮かぶのが冷淡な微笑だからかもしれない。


 その皮肉っぽい表情がいかほどかというと、「蓮根の斜め切りを煮詰めて凝縮したような偏屈さがにじみ出た顔だと思わない? 俺が思うに、あれはあの斜に構えた態度のせいだね。ちなみに今のは『ハス』の根と『斜め』切りと『斜』をかけてみたんだけど、どう?」と揶揄した殿方がいるくらいの代物だ。


 その殿方こそ、水哉さんの斜向かいにおかけになったミシェル・ロレーヌさん。

 美しいプラチナブロンドの髪の下で、紫水晶にも似た温和そうな目を細めている。


 彼は横浜港で活躍する貿易商であり、水哉さんの一番の取引先でもあるらしい。


 それでなくとも、馬が合うらしいこのふたりは憎まれ口をたたきあいながらも度々わが家で過ごしている。厭人癖のきらいがある水哉さんが家に上げるほどなので、実はかなりの信頼関係があるというのがわたしの推測だ。


 今日もわたしが帰るまで、ふたりで商談としゃれこんでいたそうな。


 そんなロレーヌさんが悪戯っぽいまなざしを水哉さんに向けて、指輪を指さした。


「それにしたって、クリスマスプレゼントに指輪を贈るなんてずいぶん熱烈だ。こればっかりは東方の三賢者の贈り物にも含まれていなかっただろうしね。まさに愛の結晶だよ、なあユキチカ」

「僕としては、彼女にカレンダーを贈ってやりたいね。クリスマスには一日早いってことに気づけるだろう」


 人懐っこい笑顔で身を乗り出したロレーヌさんにも、水哉さんは鼻笑いで返す。


「もう、水哉さん! 今日がイブだってことはわたしだって知ってますっ。ただ、明日はお休みでしょう? お友達の全員が横浜にお住まいってわけでもないですから、渡しそびれないように今日のうちにご用意したんですよ」


 考えることはみんな同じ。そんなわけで、親しい人へ一日早いクリスマスプレゼントを渡すべく、今日の下駄箱は朝から大混雑の様相を呈していた。


 なぜ下駄箱かといえば、授業に関係のないものを廊下や教室で取り出すわけにもいかないからだ。そうかといって、校庭の隅なんかに呼び出して直接お渡しするのも面はゆい。そこで、隙を見て互いの靴箱に贈り物をひそませるのが、いつしか女学校の定番となっていた。

 手紙のやりとりも、また同じくである。


「そうしたら……、帰る時にこの指輪が靴箱に入っていたんです。朝はなかったと思うんですけれど……。メッセージカードもないから、どなたがお入れになったのかもわからなくって」

「謎は解けたよ」


 悩む私にロレーヌさんがウィンクをひとつ。

 それから淹れたてのコーヒーの香りをゆったりと味わい、カップに口をつけた。


「どういうことですか、ロレーヌさん?」

「それは間違いなく、エスからコトコへの愛を込めた贈り物だ」


 ガシャン!

 ロレーヌさんの推理を聞くなり、水哉さんがセーブルのシュガーポッドの蓋を落とした。どうにか割れずに済んだらしい蓋をわなわなと震える手に取り、水哉さんは鋭い視線をロレーヌさんに向ける。


「琴子くんにエスなどいない」


 エス。S。すなわち、シタスーの頭文字だ。上級生と下級生が特別に仲良くなって姉妹の契りを結ぶと、「あのふたりはエスだから――」、そう噂されるようになる。まさに少女小説の登場人物のような関係のことだ。


 そんな人はいないと、わたしの代わりに即座に否定した水哉さんに、ロレーヌさんは肩をすくめた。


「わからないぜ? 束縛屋のおまえだって、乙女の秘密の花園である女学校にまでは土足で踏み込めない。つまり、学校はコトコにとっての駆け込み寺ってわけだ。きっと毎日一呼吸できる場所なんだな。そんな優しい地で、家では許嫁に雁字搦めの彼女を癒したのは、初心な妹……。『夫との間に愛はない……。けれどいいの。わたしにはあなだだけいればいいのよ』『お姉さまっ、あたしも……あたしも……』、かくて今世で結ばれることのない哀れな子らは、来世を誓い、共に断崖から身を投げ……」

「身投げしちゃうなんてひどいわ。そんな終わり方あんまりじゃないですか。思い切り幸せにしてくださいな、せっかくの物語なんですから」


 思わずはらはらして聞いてしまったけれど、まさかの不運すぎる結末。

 芝居かかった所作で語るロレーヌさんに、わたしは断固として抗議した(物語の結末に抗議するのは読書家としてあるまじきことだけれども、自分がモデルとあっては黙ってもいられない複雑な乙女心!)。


「そもそも、わたしには妹なんていませんから」

「そら、見たまえ!」


 ふんっと鼻で笑いながら、水哉さんがロレーヌさんに野次る。


「ええ? もしかしたら、まだ見ぬ未来の妹かもしれないだろ?」


 けれども、そこはロレーヌさん。まったくくじけず、ニヤニヤ、ンフフと笑う口元をげんこつで隠した。


「俺の予想をもっと詳しく語ってやろうか」

「結構だ。ミシェルの思わず気が抜けて成仏しかねない三文芝居はともかく、指輪を贈ったのはまず間違いなく内部犯だろう。教師、女学生、保護者のほかはなかなか立ち入れるような場所でもないのだから」

「まあ、それじゃあまるで犯罪みたい! きっとこの指輪の送り主さんはいれるべき靴箱を間違えちゃっただけですよ」


 だからこそ、私は誰が間違えたのかもわからないこの指輪を返すべく躍起になっているのだ。


「さて、信憑性がないな。それに、指輪を贈るような御大層な相手を間違えるとは、僕には思えないものでね」

「それも一理あります……」


 指輪は今、大流行の兆しがあるものの、やはりまだまだ高嶺の花の高級品であることに違いはない。


 明治時代、一世を風靡した『金色夜叉』に登場した金剛石の指輪、大正に入って三越呉服店が売り出した誕生石の十二か月指輪、新技術の養殖真珠の指輪……。

 どれも乙女心をくすぐってやまない美しい品々だけれど、今一番の流行りは『ラッキー・リング』だ。


「ラッキー・リングってご存知ですか? クラスで今一番求められている指輪です。黒の象牙に金の帯を巻いた、縞模様がハイカラな……」


 わたしは水哉さんに尋ねた。


 彼はまるで興味がなさそうな顔をして、紅茶に角砂糖を投下しつづけている。

 ロレーヌさんはコーヒー派、水哉さんは紅茶派、わたしは緑茶派。これもきっとお国柄……、という余談はさておき、砂糖を入れすぎだ。


 ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ……。

 たっぷりのミルクで白濁した紅茶の水面を揺らして、白い欠片が沈み続ける。

 恐ろしく、甘党だ。


 さすがにこれ以上は砂糖が溢れると水哉さんも悟ってか、今度はソーサーに角砂糖を山積みにし始めた。それをお茶請けの浅漬けのようにつまんでかじり始めるからたまらない。


「水哉さん、角砂糖は一日みっつまでってお約束しました!」

「知らないのか、琴子くん。胃に入ればなんでもひとつになる。つまりこれは、ひとつ目の角砂糖というわけだ」


 なんて、子供のようなへりくつをいうのだから、本当にたまらない!

 私は抗議を兼ねて、シュガーポッドを没収して抱え込んだ。


 水哉さんは、ちらちらとこちらの様子を窺いつつ(隙あらばポッドを奪い返すつもりに違いない)、指輪を指さす。


「さて、ラッキー・リングの話だったかい。名前からしてさぞ幸運な指輪なんだろう?」

「そうです! 持っていると幸せになれるっていう指輪なんです。すごいでしょう?」


 力いっぱい頷くと、水哉さんは本日三度目でもある得意の鼻笑いを披露なさった。


「ふん、実に素晴らしい眉唾物だ。それを信じられる程度の幸せな頭の持ち主なら、指輪などなくともさぞかし幸福な一生を送れるだろうね。なんなら、僕が生涯保証してやってもいい」


 と、水哉さんの弁である。

 とげとげしいこと極まりないお言葉は、まるでイガグリのよう。けれども、栗ご飯を愛するわたしは負けじと食らいついた。


「わたしはそんなことないと思います。だって、このリングを持っていたら、たとえば生家が没落しても、換金できるものを手元に残せますもの。そうしたら、少しの食事代は稼げて幸せになれると思いません?」

「僕の基準で話をするのも申し訳ないんだが、君は没落している時点で幸福とは言い難いとは思わないのかい」


 ……思わないでもない!

 返す言葉もないわたしの代わりに、ロレーヌさんが軽やかに笑った。


「それにしても閉ざされた場所に指輪が隠されているなんて、クリスマス・プディングみたいだね」

「クリスマス・プディングってなんですか?」


 聞きなじみのない言葉にわたしは首を傾げた。

 ロレーヌさんは身振り手振りを交えて教えてくれる。なにやら丸いものらしい。


「英国のクリスマススイーツだぜ。簡単にいうと、丸いケーキだな。なかに指輪、金貨、指ぬきが隠されたお菓子でさ。指輪が当たると結婚できて、金貨が当たれば金持ちになるって言われているんだ」

「辻占煎餅みたいですね。指ぬきはなんですか?」

「結婚できないので裁縫の技術を磨けってこと」

「それならわたし、指ぬきがいいです。実用的だもの」


 手元に届いてしまったのは、まさかの指輪だったけれども。


「それで、この金の指輪が今、女学生の間で話題のラッキー・リングってやつなの?」

「いいえ、ロレーヌさん。これは手作りみたいなんです。金糸で編みこんであって、素敵でしょう?」

「うん、素敵だ。愛らしいコトコにきっとよく似合う」

「お世辞を言っても角砂糖しか出ませんよ?」


 シュガーポッドを手渡せば、恨めしそうな水哉さんの視線も一緒にロレーヌさんに移動した。


 わたしはコホンと咳払いをして、気を取り直す。


「だけど、やっぱりわたし宛てじゃないと思います。だってこれ、サイズが合わないんですもの。指輪をお送りするなら、お相手にサイズを合わせるでしょう? これは糸だから、後から調節するわけにもいかないでしょうし……」


 かといって、メッセージカードもなにもなく、お返しする手がかりを見つけられずに持ち帰ってしまったわたし。


 ゆりえさんと野々村さんにも相談できなかったのは、こっそりと送ったプレゼントが周知になっては送り主の君も本意ではないと思ったからだ。

 そこで、宝飾品のプロである水哉さんと親身なロレーヌさんに相談を持ち掛けたのだけれど――


「いやいやいや、やっぱりこれはエスの秘めたる恋だ! 上級生のお姉さまの指のサイズなど、下級生の妹には知る機会もない……。けれど、クリスマスに想いを告げたい……。といっても、愛し合いたいわけじゃあなく、ただ『お姉さまを慕う者』の存在を告げるだけでいいといういじらしさを感じるだろ? これは、そんなけなげで純な想いが形を成したものなんだ」


 ミシェルさんは持論を崩さず、息巻いた。


「うーん……。だけれど、そんなことってあるのかしら……」

「どうしてコトコは疑うんだろう? 頑なにならず、素直に愛を受け入れてごらんよ」

「それじゃ、ロレーヌさん……。わたし、本当に誰かに憧れられていて?」

「きっとそうだ。俺が保証する!」

「どうして?」

「それはもちろん、コトコがかわいいからさ」

「まあ、うふふっ!」


 かわいいですって!

 褒められて思わずにやけてしまう。


 すると、水哉さんがあきれ返ったように底なし沼より深いため息をついた。


「やれ、とんだ迷探偵がいたものだな……」


 水哉さんはすっと私たちの間から指輪を取り去った。

 それからまじまじと指輪のつくりを職人の目で鑑定し始める。


「ふん、実に立派な指輪だ。ミシェル、見たまえよ。八坂神社例祭の縁日で売っていそうな出来じゃあないか。値段は一銭といったところかな。どれ、琴子くん。これを僕によこしなさい。今から十倍の値段でミシェルに売りつけてやろう」

「おいおい、それを聞いて買うやつがいるかよ」

「いるだろう。なんせ君の大好きなロマンス・ストーリーのたっぷり込められた指輪だ。今ならこの品に限り、初心な女学生の『けなげで純な想い』という特典つきだぞ」

「ようし、言い値で買おう」


 まるで掛合茶番のような会話を繰り広げるおふたりから、わたしは指輪を回収した。


「いじわるおっしゃらないで、水哉さん、ロレーヌさん。琴子はこれをお渡ししません!」

「駄目だ、よこしなさい。君は僕の許嫁なんだぞ。そんな君にぬけぬけと指輪を贈るなど、とんでもなく厚かましく抜け目ない不届き者は存在が許されない。また、これは君の体裁にもかかわる問題だ。君の不貞を疑われかねない品など、手放すに限る。どうしても指輪が欲しいなら、僕がくれてやったものがあるだろう。それをつけたまえ」


 指輪が欲しいとかほしくないとか、そういう問題ではないというのに。


 わたしはずいっと差し出された大きな手にそっぽを向いて、指輪をそっと手のひらに挟んで保護した。断固拒否の姿勢を見てとって、水哉さんは眉根を寄せる。


 けれども、そんなお顔をされたって渡せないものは渡せないのだ。

 これがわたしの手元に辿り着いたのも、きっとなにかの運命だから。


 わたしはなんとしても、この指輪をあるべきところにお戻ししたいのである。


「そもそも、この指輪と、水哉さんのくださった指輪は別問題です」

「なに?」


 ご機嫌ななめな水哉さんの渋面を、ミシェルさんがニヤニヤ顔で眺める。


「いやいや、おまえ……。鳩がアームストロング砲を食らったような顔をしていないで、自分が贈ったご立派な金剛石の指輪を思い出してみろよ。あれじゃ、コトコも家事がしにくくってたまらんだろうさ。家事は全部、彼女に任せているんだろ? つけたくてもつけられないんだろうぜ。まったく、女中でもおけばいいのに。ふたりの甘い蜜月を誰にも邪魔されたくないからって我儘を言いやがって」

「僕はそんなことを言った覚えはないがっ?」


 即座にきっぱりと否定した水哉さんに、ロレーヌさんはふふんと余裕しゃくしゃくといった笑みを深める。


「まあ、まずは俺の言いたいことを最後まで聞けって」


 盛り上がる話のさなか、ロレーヌさんは突然真面目な顔をして水哉さんを見つめた。

 そして、一言。


「嫉妬深い男は嫌われる」

「……なるほど。許嫁のひとりもいない男の講釈には、ありがたくって涙が出るようだ」

「ついでに耳が痛くなってきたんじゃないか?」

「いいや、まったく。なぜそんなことを聞くのかわからないな」


 ……などと、指輪の謎に興味をなくしたらしいおふたりは茶化しあっている。


(本当、仲がよろしいこと)


 実際のところ、水哉さんはロレーヌさんと結婚なさりたかったのじゃないかしら、などと思ってしまうほどには仲良しだ。


 わたしはこっそりとため息をついて、指輪を大切に袂にしまった。


 そろそろおふたりのコーヒーと紅茶を入れ替えて差し上げなければならない。

 そんなわたしを呼び止めたのは、ロレーヌさんだった。


「あ、コトコ。待って。これは、俺からのプレゼントだよ。いつもおいしいコーヒーを淹れてくれるお礼ってやつだ」

「まあ、ありがとうございます!」


 差し出されたのはレースのリボンで包まれた小箱だ。


「開けてもよろしくって?」

「もちろん」


 許可をもらったわたしは、わくわくしながらさっそくリボンを解いた。

 包みを丁寧に開けると、なかから出てきたのは生姜茶だ。


「嬉しい! 寒い季節にはぴったりですよね」

「形に残るものだとユキチカがジェラシーに身を焦がすからね、飲み物にしたよ。ほら、コトコは甘いものより、辛いのとかしょっぱいのが好きって前に言っていただろ? だからなるべくスパイシーなものを選んだんだけど」

「琴子くんはアイスクリンに七味をかけて食べる少女だぞ。君の贈り物で満足するか」


 なぜか、水哉さんが自信たっぷりに断言する。

 そして、わたしのひそかな楽しみをさらっと暴露してくれた。


「アイスクリンに、七味?」


 すぐにロレーヌさんが、無言で蟒蛇ばけものでも見るような目を私に向ける。誰もがこんなお顔をするから秘密にしていたのに!


「癖になるお味ですから、お試しあそばせ!」

「ううーん……、うーん……、うーん?」

「それから水哉さん、生姜は身体が温まって、健康にもいいんですよ。お砂糖もいりませんからね」

「…………はちみつくらい入れるだろう?」


 隙あらば甘味を入れようとする。

 わたしが無言で応えると、ロレーヌさんは気を取り直したように水哉さんを見た。


「それはそうと……、ユキチカはなにを準備したんだ?」

「ふん、クリスマスのネタ晴らしにはまだ早い。君にもカレンダーが必要だったとは思ってもみなかったな。ミシェル、実に申し訳ないが少し待ってほしい。恥ずかしいことだが、君へのプレゼントの準備ができていないんだ」

「もちろんいくらでも待つけどさ、どうせなら来年のカレンダーを頼むぜ。今年はもうあと少しで終わるんだし」


 ロレーヌさんはさらっと水哉さんに注文をつけた。

 たしかに、もう年の瀬だ。三が日は誰もが仕事を休むため、ロレーヌさんともしばしのお別れだろう(この人は特に、毎年長いクリスマス休暇をとるからだ)。


「そうだ、ロレーヌさん。お茶のお礼に今夜のお夕飯はうちで食べて行ってくださいな」


 これにはロレーヌさんが答える前に、水哉さんがものすごく嫌そうな顔をして私を見た。「ええ~、いいのかな~? ふたりの甘い夜を邪魔していいのかな~」なんてロレーヌさんがからかうので、なおさら水哉さんの眉根のしわが深くなる。


「水哉さん、いいでしょう?」

「………………、琴子くんに感謝したまえよ」


 そして、やれやれ、と大きなため息とともに許可がもたらされる。

 そんなわけで、謎解きも一休み。わたしは食事の準備をすべく、厨に下がったのだった。

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