第七話 その勝利は誰の手に 〈ルビー〉

「え、好きな人できたの!?」

 昼休み、幼馴染からの突然の報告だった。青天の霹靂、寝耳に水、ものすごく驚いて開いた口が塞がらなかった。

「だ、誰!? 私知ってる人!?」

 静かに頷く彼は伏し目がちに耳元まで真っ赤にしている。階段の縁にちょこんと座る彼は、野球部の体格の割に小さく見えた。いつものメンバー、小さな頃からの悪友5人組は鍵のかかった屋上の扉の前、いろいろ物が置かれた踊り場を根城に良く集まってご飯食べたり駄弁っていた。今日はたまたま二人だけだが、高校まで変わらなかった関係が、今、この時を思って崩壊しようとしていた。

「うん、知ってる人だよ」

「そ、そうなんだ……」

 お弁当食べるのも忘れて、今まで私と彼が共通で知っている女の子が頭の中を駆け巡る。ほとんど同じルートでここまでやってきた中で、同い年のあの子か? 高校で別れたあの子か? いや、先輩も後輩も候補としてあげられるぞ、そんな考えが嵐のように脳内で渦巻いている。

「でも、告白する勇気がないんだ。」

「そんな! もったいない!」

 口をついて出た言葉がちくりと私の胸を刺す。だが、言ってしまった言葉はもう取り消せない。

 私は自分の左手を彼の前に突き出した。少し鉱石化した手の甲に、窓から差し込んだ光が散った。キラキラと乱雑な踊り場に鮮やかな光が踊っている。

「この石、なんの石だか知ってる?」

「えっと…… ルビーだっけ? 有名なやつだから覚えてたけど……」

 そういって彼は困ったような顔で私を覗き込んでくる。

「ルビーはね、勝利の石なの。立ち止まってる人の背中を押して、勇気を与える石なんだよ」

 「そうなんだ……」そういって柔らかに笑う彼の顔にルビーの赤い光が映っていた。

「……私の勇気をあげる! だから、後悔しないように告白してきなさいよ!」

 そういって大会前で短く坊主頭になった彼の頭をわしわしと撫でる。もみくちゃにされながら、彼は「わ、分かった! 分かったから!」と笑っていた。

「今から行ってくれば? せっかくなんだし、その子いるんでしょ? 結果、LINEでいいから教えてよね」

 そういって私はその場を後にしようとした。

「待って」

「私は帰るけど、他のメンバーにも成功したらちゃんと教えてよね?」

「待てってば!」

 そういって彼の手が私の手首をつかむ。少しごつごつとした、大きな手だ。掴まれてドキリとした自分をひっぱたいてやりたい。だってもう、彼は私の手の届かないところに行ってしまうのだから。

「俺が…… 俺が好きなのは、お前なんだ!」

 意を決した彼の声が、踊り場に響く。ゆっくりその手が離されて、私はぽかんと開いた口のまま振り返った。先ほどよりもびっくりするくらい赤面した彼が、拳を握りしめてそこに立っているのを、少し見上げるようにして私は目を合わせた。

「ずっと…… ずっと好きだった! 俺と…… 付き合ってほしい!」

 私は世界が私を置き去りにしていくのが分かった。外の音が耳から遠のき、口から出そうなくらいに跳ねる心臓の鼓動が聞こえるばかりで、彼の言葉が私を鷲掴んだ。

 数秒が数分にも数十分にも感じられた。

 

 この勝利は誰の手に渡るのだろうか。

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