第六話 月光郵便 〈ムーンストーン〉
便箋と向き合ってすでに数時間。手汗でダメにした一枚目とインクが垂れてしまった二枚目をまとめてゴミ箱へと投げ入れる。
――ありきたりな始まりは嫌いだ。そしてどうせ書くなら、君の喜ぶ顔が見たい。
便箋で君とやり取りをするのようになったのは、一体いつの頃だっただろうか。時計を見るとすでに深夜十二時をまわり、街が寝静まる時間になってきた。
「明日には出したいのに……」
うまく話をまとめられぬまま、冷えたコーヒーを喉に流し込む。頭が冴えていないわけではない。ただし、冴えているのと物語を書きあげられるのは別の話だ。
そんな時だ、閉めたカーテンの隙間から柔らかな月光が差し込んで、お気に入りの万年筆を握った俺の手を照らした。
(ムーンストーン……)
君を蝕むその石の名はムーンストーン。月の女神の力の宿る乳白色のその石は「幸運の石」もしくは闇夜を照らし旅人の行く末を見守る「旅人の石」と言われている。
俺は部屋の明かりを消し、閉め切っていたカーテンを開け、さらに窓も開けた。深呼吸すると夜の冷たい匂いが体を満たしていくのが心地よい。
煌々と照らす満月の光はシルクのような滑らかさを持って、窓辺の机と新しく出した便箋を照らしている。
「……この月、見てるかな」
腰を下ろして万年筆を走らせる。鉱石症のため、と言って獄中のような病院に囚われた君との唯一のつながり。この便箋を使って届ける一話完結の物語、次の手紙についてくる君の感想がうれしくて仕方ないんだ。
「……確か、東洋には月から来た女性の話があったっけ」
そう一人でつぶやきながら、今回も君の笑顔を思い浮かべてハッピーエンドを紡ぎだす。
ムーンストーンが本当に月の女神の石ならば、彼女にどうか幸運を。そう祈りながら、俺の万年筆を駆る音が静かに部屋に溶けていくのを、満月は静かに見守っていた。
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