第五話 駆ける人ありて 〈エメラルド〉

 カシャ。

 

 シャッターを切る。

 大粒の汗を流しながら、真剣な眼差しの君を狙って。

 僕は報道部。そして今は生徒会誌で使う写真を求めて、グラウンドにさまよい出てきていた。生徒会誌の中でも多くのページが割り当てられるのが「部活紹介」だ。部の目標やメンバー、戦績などを載せるページで、その中に使われるのが、僕たち報道部の撮影した写真だ。

 放課後の校庭は運動部の生徒たちでひしめき合っていて、所々で野獣のような雄叫びが上がっている。(主に野球部とサッカー部のものだ)

 今日は陸上部の写真撮影を依頼されていた。

 校庭の端、100メートルもない短いタータンで陸上部は練習中だ。そこまで人数のいない陸上部はここを拠点にそれぞれの選手にあった練習をしているらしい。

「どうも、報道部です。撮影に来ました」

 スキンヘッドのちょっと厳つい陸上部顧問に挨拶をして、僕はカメラを取り出した。選手の邪魔にならないよう、まずは端の方で静かにカメラを構える。ファインダーを覗いて、待っているとピッとホイッスルが鳴った。

 ダッと駆け出す選手を狙って、僕はシャッターを切った。ぶれないように、躍動感を、なんて顧問の小言のような指導が脳裏をよぎる。短い距離のダッシュメニューが終わり、少しのインターバルを挟むようで、僕もカメラを下ろしてふぅと息をついた。

「よっ、報道部」

「お疲れ様。相変わらず速いね」

 まぁね。と君は笑っていた。幼馴染の君は昔から足が速く、中学からずっと陸上をしていて、万年文化部の僕とは対照的だった。

「ねぇねぇ、撮った写真見せてよ」

 ん、と僕はカメラを差し出した。「へー!」だの「かっこいい!」だの。コロコロ表情を変えて喜ぶ君の横顔を、少しこそばゆい気持ちになりながら眺めていた。

「これ! これ一番好き!」

 そういって彼女が僕に見せたのは、自分の写真だった。まっすぐに前を見据え、空を駆けるように走る彼女の耳元で緑の石が煌めいていた。

「ここにさ、光が反射してちょっと虹色になってるの! すごくない!?」

「……そうだな。良かったら印刷してあげようか」

 「え、いいの!?」と飛び上がって喜んでいる。背中をバシバシと叩くのだけはいただけないが。

 その後、インターバルも終わり、彼女は練習へと戻っていった。

「のんきな奴だなぁ……」

 彼女の耳元、そのエメラルドが鼓膜まで達した時、彼女の選手生命は絶たれる。

 なぜなら、ピストルの音を聞き取り辛くなるからだ。たったそれだけで、選手たちが一線を退いていく、陸上も含めスポーツはシビアな世界だ。


 今だけでも君の雄姿を、と僕はシャッターを切る。

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