第四話 水晶巫女 〈クリスタルクォーツ〉

 質素だが村の中では比較的いい部屋を使わせてもらっていた。しかし、それも今日まで。もう時間は残されていない。行商人に頼んで買い付けてもらった新聞には『帝国、開戦間近か?』と大きく見出しが書かれている。僕はそれに目を通しつつ、諸々の用意をしてマントと帽子を着込み、部屋を後にした。

 僕はとある村に風土の研究と取材として滞在することとなった。村祭りの今日、普段は村人でも極限られた人間としか会えない巫女が村に降り、傷ついた者、病に罹った者を癒すという。

 僕はこの日を待っていた。

 案内されたのは、村の山の上の小さな社だ。篝火が焚かれ、昼間のように明るくなった境内に老若男女問わず村中の人々が集まっている。人々が見つめる先、敷かれたござの上には苦し気な村人たちが三人寝かされていた。聞こえてくる話によれば一人は心の臓の病、一人は結核、もう一人はつい最近熊に襲われ大けがを負った者らしい。

(さぁ、ここから何が始まる……?)

 僕がその様子を硬い表情で見つめていると、白銀の満月が社の真上に昇った。人垣の向こう側、社の入り口に下ろされている御簾が上げられ、中から静々と白い巫女装束に身を包んだ若い女性が現れた。篝火と月光に照らされた姿から、顔の右半分と右手が透明な水晶に変化しており、鉱石症の症状がかなり進んでいることがここからでもうかがえる。

 彼女は階段をゆっくりと降り、横たわる三人に近づいて鉱石化した方の手をかざした。月光を通したその手から、柔らかな白い光が横たわる村人たちに注がれる。しばらくすると今にも死にそうだった病人二人の顔色が戻り、大けがを負った男は目をパッチリと開け、むくりと起き上がった。

 湧き上がる村人たちの歓声。それとは対照的に、光の収まった巫女の顔には大粒の汗が浮かび、苦しそうに膝から崩れ落ちた。少しだが鉱石化が進んでいるようにも見えた。

 喜び抱きあう病人たちの家族とは別のところで、今度は鋭い悲鳴が上がった。

「そ、そんな……!」

 声の正体は母親の悲痛な叫びだ。見れば村長によって泣きじゃくる赤ん坊が今にもその腕から取り上げられるところだった。

「今年は次の巫女を決める年である。そして次の巫女はこの赤子となった! 継承の儀を執り行う! ノミを持て!」

 そう言って村長の側にいた男たち数人が、持っていた箱から大工仕事に用いる大小様々なノミを取り出した。

「……これは一体?」

 俺のつぶやきに、側にいた男は、

「今年は次の巫女を決める年になっておりまして。これから行われるのは継承の儀。今の巫女をノミで削り、削ったものを次の巫女になる赤子に飲ませるのです」

 と事も無げに言った。祭りはどうやら最高潮のようだ。泣きじゃくる赤子、悲嘆にくれる母親、苦し気な巫女、治癒された家族たちのすすり泣き。

「……反吐がでるな」

 僕はそう吐き捨て、ダッと駆け出した。村人たちの間を搔い潜り、今にもノミを振り下ろそうとしている男を蹴り飛ばした。そのまま、膝をつく巫女のすぐそばに立ちふさがる。

「動くな! それ以上動けば、全員牢獄ゆきだ!」

 どよめく社の前、僕は帽子とマントを脱ぎ棄て、巫女を抱き寄せた。マントの下に忍ばせていた拳銃を構える。篝火に照らされた枯草色の軍服と赤い腕章、それは泣く子も黙る帝国の軍人であることを示していた。

「……やっと、迎えに来れた」

 腕の中で苦し気に息をしていた巫女がうっすらと目を開けた。

「……⁉ あ、あなたは」

 そう、僕は研究者ではない。彼女を助けるためだけに帝国軍に入った、ただの軍人だ。

「ふん、軍人ただ一人で何が出来る。巫女を誑かす男を捕まえろ!!」

 血相を変えた村長がヒステリックに叫んだ。村の男たちが動くよりも先に、あたりを取り囲む黒い影があった。それは、森に潜んでいた他の軍隊のメンバーだった。

 次の日、全国紙には「田舎の因習! 人権無き村」の題で大きく一面が割かれていた。

 ――数日後

「体調はどうだい?」

「だいぶ、良くなりました。あなたのおかげです。まさか、本当に来てくれるなんて」

 そう言って彼女は朗らかに笑っている。首都の病院で彼女は治療を受けることとなり、身元は私が引き取ることになった。

「私は約束を破らない。絶対に」

「二十年も前の指切りも?」

 もちろん、そう言って僕は彼女を抱きしめた。

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